<   2018年 09月 ( 3 )   > この月の画像一覧

9/30

a0232906_23203885.jpg

by koyamamasayoshi | 2018-09-30 23:21 | 日記

妻有鷲眼記⑵ カメラで撮ることについて考える

5月、イリア&エミリア・カバコフの作品「棚田」が眼前にある場所で自分は作品制作をしていた。

カバコフの作品は、棚田で農作業をする農民のシルエットと農作業に関するテキストが、ある場所から鑑賞すると重なって見え、この地の歳時記を絵本の様に表現している作品である。

芸術祭会期前にも関わらずこの有名作品に観光客はやって来る。土日休日となると観光バスのコースになっているようで大勢の観光客はその棚田に向かってスマホやカメラをむけてパシャパシャと撮影して去って行く。その光景を傍で眺めながら作業を進めていた。


その光景を眺めるうちに、なぜカメラで何かモノを撮るのだろうという疑問が沸いてきた。次第にカメラで何かを撮るということが自分にとってどうでもよく思え、撮ることがなくなっていった。

気になったのは、カメラで撮ることが主の目的になっているという点だ。カメラもしくはスマホという御朱印帳に、さも「ここに来た」という証拠を残しているように思えてしまうのだ。

証拠を残すことにどれほど意味があるだろう。そのことがどれほど人生を豊かにするだろう。

スタンプラリーのように御朱印帳に印を集めることよりも、寺社に参って神仏に対峙し、自身の心の中に何か救いを見出す心の変化が大事ではないか。

風景でも芸術作品でも同じなのだと思う。

それと対峙した時に何を感じるか、だ。

それが頭、脳、耳、身体を通過するよりも先に無意識に撮影してしまう。それはある意味で反射的で鋭敏な感覚かもしれないが、同時に多くの感覚をシャットダウンしてもいるのだ。

あたりまえだが、人間の感覚は視覚だけではない。そして記憶の構造も視覚だけで出来てはいない。

音が、味が、匂いが、時間が、また暑さ寒さが絡まり、頭の中に渾然一体とした情景が立ち浮かぶ。おなじものを見ながらも、人それぞれ別な情景が頭の中に浮かんでいるからこそおもしろい。



写真を撮るということを人間が皆一斉にやめたら、より文化が進歩すると思う。

写真は、手軽に撮れることで、ひとに伝える情報量とその手間を大幅に省いているともいえる。

気持ちや出来事、事象を伝えるのに、写真を使わず、言葉で詩で、歌で文章で、小説で絵で、音楽で身体で伝えるとする。

そういった手間のかかる部分に芸術が生まれてきたのではなかったか。

受け取る側の想像力を刺激するこういった芸術分野が、抽象的な何かを読み取ろうとする力を育てるのである。目に見える視覚ばかりを気にした作品が持て囃されてゆき、作り手もそんな作品ばかり作り続けていくようになったらこの先にどんな世の中になるんだろう。そこに情緒は残っているだろうか。

伝える側の技術能力が高まりさえすれば、自然と受け取る側のキャパシティも養われるはずだろう。



人間皆が一斉に写真を撮るのをやめることは、まずありえない。だからせめて、写真を撮る人間の有様がどうにかならないかと思っている。カメラで撮影している人や、スマホを向けて撮影している人の佇まいがとにかく美しくないのだ。特にスマホを一斉に向けている群衆のみっともなさ。「おわら風の盆」を見に行った時にはそれを烈しく感じた。暗がりの路地に美しい踊り手が静かに舞う。そのまわりに、無神経に光るスマホを掲げ、小さい窓から舞い手を覗くみっともない群衆の影。自分にもいいきかせたいことだが、群衆は群衆らしく、「情緒」のまわりでは大人しくなにもしない方が美しい。明治の写真の中の群衆はなんとも美しい。それは丸腰でなにもしていないという点で抜群に美しいのかもしれない。


また小津安二郎、黒澤明、成瀬巳喜男の映画などに、自分(てめえ)のことばかりに終始している群衆のシルエットなど出てきたためしがない。だから美しい。



写真を撮りつつ美しい佇まいを自分なりに考えてみる。

お辞儀をした頭のてっぺんで写真が撮れるとしたら。

合掌をする手の間からそっと写真が撮れるとしたら。

非現実的だがそんな感じが俺にとってはまだ佇まいとして美しいと思えるところだろうか。


by koyamamasayoshi | 2018-09-30 22:18 | 日記

妻有鷲眼記⑴ 人魚の宿


一昨々日から昨日までお世話になっている奥能登珠洲の製材屋のSさんが作品を観にきてくれた。

あらゆることに疲れていた俺は遥々来てくれたSさんに愚痴ばかり聞かせてしまった。

Sさんが帰っていった夜、「どんなことにも意味があると思います」というSさんの純真な言葉が能登から届きボロボロと涙がこぼれた。


ごちゃごちゃとした頭がふっ切れた翌日、今日は1日なにもしないことに決めた。



十日町を離れて魚沼方面へ軽トラを走らせる。

トンネルを抜けて浦佐に下っていく坂道の両側には連なった祭りの提灯がぶら下がっていた。終わったばかりかまだ始まっていないのか。

虫の字のつく地名の交差点を曲がっていった先に西福寺に着く。


幕末の名匠石川雲蝶が寺内の装飾のほとんどを手がけたという仕事を学びにやって来た。茅葺きの開山堂は、雲蝶が39歳の時に手掛け5年の歳月をかけて完成させた最高傑作だ。

緻密細密の超絶技巧と、豪壮勇壮で大胆みごとに形を捉える力は当代随一の透かし彫りを生み出し、観る者はすべての欲を投げ捨て、掌を合わせこの眼前に迫った涅槃の世界に言葉を失うに違いない。

欄間、虹拝、木鼻、本尊、燭台などの彫刻と彩色、襖絵の描画、窓格子の細工、漆喰細工などなど、これが一人の人間の手による仕事というのだから、どこをどう切り取っても太刀打ちなんか出来やしない。ただただ圧倒する。


このような個の技、個の業こそが芸術と信じているので、弱気になっていたところへ大きなエネルギーと勇気をいただいた。同時に芸術祭に一つとして個の業を見るような作品がなかったので、興行的なアートの軽さ薄さ浅さを片側で思ってしまう。



道の駅ゆのたにまで来たところで、すこし逡巡してから奥只見湖方面へハンドルを切った。ある目的を抱えて。


大湯から栃尾又温泉に寄り道して国道352号で奥只見湖を目指す。この崖沿いの山道はどこまでも登り坂で、永遠に登り続ける不安に襲われる。振り返れば周囲の山の頂を見下ろしさらに辺境へ突き進んでいる。まだまだ知らない風景があるなあ何処まで行っちゃうんだろうと楽観的でもある。集落もなにも無いところにバス停があり、時刻表をのぞくとなんと白紙の時刻表。いくら行ってもまだ峠に辿り着かない。時折案内看板がたち、銀山平の文字。

銀山平。ギンザンダイラ。この文字と音を憶えている。



ようやく道の先が下っている。峠だ。ガソリンを気にしていたのでそこから先の下りはずっとニュートラルに入れて下った。

やがてロッジが点在するキャンプ場に辿り着く。その中にはいくつか旅館もあり、その中から自分の記憶の奥底の泥のなかで裏返っている不確かな宿の名を拾い上げて、おそらくここではなかろうかと特定し、O荘という宿の玄関を開けた。


何て伝えたらいいだろうかと考えながら大きな声で「ご免下さい」と繰り返した。

やがて奥から宿の主人が表れて俺はどぎまぎしながら唐突にこんなことを訊いた。

「突然失礼します。かつてこの宿に泊まった者の話を伺いにやって参りました。」

間をおかず「東京藝術大学の…」と言い終わらないうちに「はい」と宿の主人は答えた。

行き当たりばったりでやって来たが、間違いなくこの宿であった。



銀山平、師の大西博の口から聴いた覚えがあり、その文字面の美しさと濁音の続く音の響きが印象深く、その上、銀山平での大西さん自身の伝説の話を本人からよく聴かされていたので忘れなかった。

稲妻が湖面にいる自分の乗る舟の目の前を奔った話や、ヌシを釣り上げた話…。

その後、師の葬儀に手向けられた花環の中に、銀山平の文字と宿の名が書かれているのをなんとなく記憶していた。



O荘は師の定宿で、大西さんが学生の時分からここに泊まりに来ていたという。

「こことそこに大西さんの絵を掛けています」と宿の主人が指差す先に大きな油絵が2点、壁に掛かっている。玄関の正面壁には高橋由一の鮭のように、鱒が画面中央に描かれている絵があり、吹き抜けになっている玄関上方の壁、2階廊下からは正面で見える位置に人魚と魚の曼荼羅のような油絵が掛かっていた。

「2階に掛かっている絵は確か卒業制作作品だと訊いています」「人魚のモデルは裸にさせられた若い頃の私です」と作品の裏側も教えていただいた。

ここで釣りをしながら卒制を描いたのだろうか。その油絵はぬらぬらと人魚の周りが妖しく輝き放ち、人魚は幼子のように神秘性を湛えている。


フロントを通り過ぎた先の廊下の壁には湖で釣り上げた大きな魚を掲げた大西さんの稚気に溢れた笑顔の写真が掛かっている。大西さん、やって来ました。声を掛けたら返ってきそうな大きな写真に思わず話し掛けてしまう。


魚拓を見せていただいた。桜鱒の魚拓で日付は平成四年七月二十六日とある。大きな魚拓には現認者の名前が並び、体重体長釣人大西博の名。

「未だこの大西さんの記録は破られていません」と宿の主人は付け加えた。

ヌシを釣り上げた話は本当だった。さすが伝説の男だ。



ご主人に礼を告げ、O荘の宿名の入ったライターを記念に買いO荘を後にする。


銀山平からシルバーラインに入って奥只見湖へ向かう長く続くトンネル。雨でもないのに水滴が至る所に沁み出しビタビタに濡れきった暗いトンネル。手掘りのようなゴツゴツした側壁には何かを縁取る線とよくわからない数値が白ペンキで暗く長く続くトンネルのずっと先にまでベタベタに書かれている。ラスコーの洞窟壁画を目の当たりにしたことはないが、おそらくおなじくらいの感動だろうと思われた。

「大西さん、俺がんばるよ」

そんなワンダーなトンネルの中を走りながら独り言を言った。


by koyamamasayoshi | 2018-09-30 00:50 | 日記


小山真徳 展覧会情報


by Koyama Shintoku

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ

全体
展覧会
日記

最新の記事

ねずみ色の食堂
at 2019-07-30 17:00
1/27
at 2019-01-27 21:51
1/25
at 2019-01-26 01:51
1/10
at 2019-01-10 20:29
12/29
at 2018-12-29 20:40

以前の記事

2019年 07月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2015年 11月
2015年 09月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2014年 12月
2014年 10月
2011年 08月

その他のジャンル

画像一覧