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遠足1/31

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by koyamamasayoshi | 2018-01-31 20:16 | 日記

方丈記

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by koyamamasayoshi | 2018-01-29 20:03 | 日記

牯嶺街少年殺人事件

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恵比寿の写真美術館に映画「牯嶺街少年殺人事件」を観にいく。上映時間4時間の大長編。
パンフレットを先に読んで登場人物などの事前情報を少し理解しておけばよかったが、途中からなんとなくだがわかり始める。
圧迫感の強い重苦しい内容だが、ドロドログチャグチャの陰々滅々ではなく、漂うのは乾いて冷たい気持ちのいい空気感。
高い評価をされる映画に違いなかった。
主人公の少年の眼差しは、中学生特有の大人や社会を見定め怖れるもののない挑発的な眼の鋭さと、諦念感漂う冷めきった虚しく悲しい穴のような眼を同時に持っている。
やじろべえのように不安定な上に立ち、周りの空気に翻弄されふらふらとかろうじてバランスを保ちつつも、狭小で逃げ場のない世界である少年期特有の内包されたエネルギーの圧縮は、握手をするような些細な仕草であっても相手や社会にとてつもない一撃を加える。
その回り道のない思考の直結は、大人や社会に翻弄される中で、自我がマグマのように沸き立ち続ける少年期に絶頂する特殊能力だろう。そしてこの特殊能力だけが、社会をぶち壊し突破し世の中を変える唯一の方法なのかもしれない。

自分の少年期をヒリヒリと思い出しつつ俺には出来なかった、突破していく主人公の少年の姿はひかり輝いて見えた。









by koyamamasayoshi | 2018-01-28 20:09 | 日記

御嶽山


浅田次郎著「神坐す山の物語」を読む。著者が母がたの在所である武蔵國御嶽山の宿坊で幼い頃に体験した怪異や親類から寝物語に聞き伝えられた狐憑き払いの話などが収められている。妻のお義母さんに勧められお借りして読んだ。


一昨年、御嶽神社でお仕事をさせていただいた折に、宿坊の玄関脇にこの本が並んでいるのを見かけていたが手が伸びずにいた。昨日おとといと、深夜寝ながら読み進めていると、著者の幼い時の風景とは様変わりしたであろうが、大きな位置関係は変わっていないはずで、紙上に並ぶ言葉一つ一つを辿ると、まざまざと御嶽山の情景が思い浮かんだ。

この本の中でひときわ印象的な話は、キゼン坊の話だった。この一話を読み終えた時、体の奥底から込み上げてくるものを感じた。それは畏れ多くもこのキゼン坊に自分を重ねて読み進めていたことに気づいからだった。
「八百万の神々が満遍する地」と著者が語っているように、御嶽山には大きなものの気配が悠々息づいていると、いま改めて思う。

一昨年、職人さんから聞いたオコジョサマの話がある。それは自分が神社でお仕事をさせていただく前の話で、社殿修復の現場で職人数人で作業をしている時に、リスのような一匹の小動物が足場のタンカンを伝って降りてきたらしい。その小動物は物怖じもせず職人の一人に近づいて体をよじ登ってきたらしい。遠くでその様子を見ていた神職の方から「オコジョサマが降りてきたから、今日は仕事を止めてください」と忠告を受けたという。その話を興味津々で聞いていると「これがその時の写真」とスマホの画面を見せていただき、のぞくと、その職人さんの作業着の腕の所にダッコちゃん人形のようにシッカとしがみ付いたオコジョサマがいた。イタチなのかヤマネなのかわからないがとにかくオコジョサマは可愛らしい貌をしていた。
山仕事に従事しているものの間には今でも、オコジョサマが現れたら仕事をやめなければよくないことが起こるとされているというが、それを聞いた時は、東京の端にすごいところがあるのだと興奮した。

参道の仲見世で休憩している時に、ぜんざいを食べていた或るひとりの参拝客とお話しをした。その方は頻繁に御嶽神社に参拝している近在の人らしかった。
話の流れで、その方は持っていたタブレットをこちらに向けて見せてくれた。
そこには無数の白い球体のオーブが参道の道道などに映し出されていた写真がたくさん収められていた。中でも目を引いた写真が、末社摂社を正面で写した構図のまん真ん中にその社の扉に向かって緑色の球体が尾を引いて吸い込まれているような写真だった。御嶽山はよく霧に立ち込められ真っ白な闇になるので、白い球体は水蒸気、雨粒ではないかともいえてしまう。しかし緑色に発光した球体は私はかつて見たことがなかった。
その人は、こういう写真を此処では『普通に』撮れますよと言った。
「御嶽山は確かに神様がいますよ。その山の神社でお仕事されていることは、大変素晴らしいことですよ」と別れ際その参拝客は言った。職人さんの元で働く、未熟な自分でも「神様の仕事なのだ」と誇らしく思えた。

長く宿坊に泊めさせていただき、色々と興味の尽きぬ話を聞いたが、それらはもはや書けない。言葉を尽くして汎用させてしまえばそれの力が失くなっていくのではないかと感じてしまうからだ。それらの言葉は自分の中で熟成させて別の形に移し替えて残していくことが自分の仕事だと思うが、それがどういう形なのか未だわからない。







by koyamamasayoshi | 2018-01-27 16:08 | 日記

オムニバス形式の夢

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ひとり廃墟にて「心霊展」を観ている。国内外の有名な作者の作品が出ているがいまいち自分が思う怖さとズレている。ひとが横たわったような起伏のあるシートが呼吸にあわせて脈動し蠢く作品が妙に恐ろしかった。廃墟を出ると知人のNさんがアメリカのコメディアンのような格好をしてパフォーマンスイベントをしていた。



ゲームセンターのような宝くじ売り場のようなところで、間違いなくハマるとされるゲームをしている。ゲームの内容はまったく思い出せない。弟がバカ当たりを決めたようで受付にいるおばちゃんと踊ってはじけている。


カーステレオでかける曲はこれだよなといって車に乗っている。



行商をしているのか何か売り物を背負って知らない土産屋に入り、そこのおばちゃんたちとお話をしている。頭を動かすことなく自分の視点が右側、後ろ側、左側、前側と次々切り替わる。視点が変わる一瞬後ろにいた人の顔がぐんにゃり歪んで見えた。
おばちゃんたちに「あんた、だれかに似てるねえ」としきりに言われる。「山にいる、ほらあの人」と知らない人の話をされる。



ラジコンカーに自分の作品と小型カメラを載せて、その映像視点が自分の目と直接繋がっている。ラジコンカーは坂を登っていく。登りきったところで誰かと鉢合わせになったようで「なんだい、こりゃあ」と驚かせてしまった。



自転車で歩道を走っている。





by koyamamasayoshi | 2018-01-24 13:05 | 日記

1月22日雪

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雪が降っている。2014年2月以来の大雪かもしれない。
午後妻と雪中散歩する。風邪気味だけど雪をザクザク踏み歩きたいと思った。
近所の川は真っ白に覆い尽くされ木々は雪の笠をかぶりうなだれる。
白い世界に吸い込まれそうな踏切の赤い警告灯が光る。
傘を抱き寄せるようにして吹雪から身を守る人々が狭い踏切をすり抜ける。
電車が通り過ぎた方の線路を眺めると速度を落とし徐行し停止した。
玄関前に積もった雪で手に乗る大きさの雪だるまを作り、台所の流しの上の窓のところに置いていた。

by koyamamasayoshi | 2018-01-22 20:16 | 日記

遠足1/12

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by koyamamasayoshi | 2018-01-12 20:15 | 日記

遠足1/11

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by koyamamasayoshi | 2018-01-11 20:11 | 日記

金瓶楼今紫


千葉市美術館へ出掛け、小沢剛さんの「不完全ーパラレルな美術史」を観覧する。
日本の近代美術史の中で、時代の大きなものに見向きもされず、ときに葬り去られたり、排除された埃っぽい存在たちに目を向け、洗い直し、逆襲の機会をそれらに与えるような近年の小沢さんの作品群をまとめた形の展覧会になっている。

6年前どういう経緯か忘れたが、大学の食堂前でお会いした時に、「この本知ってる?」と、ちくま学芸文庫の木下直之著『美術という見世物』を小沢さんはこちらにむけた。おれはその当時から、高橋由一が好きで且つその周辺の幕末から明治初頭の画家たちに興味を持っていたのでもちろんその本は好きだったし、木下直之さんという美術史家の眼差しそのものが好きだった。また、在学している時に美術史家の青木茂さんが講義にお越しになり、日本西洋美術の草創期の話をされるのを聴き、明治の画家たちの熱情に触れ大変興味を持っていた。

かくして、明治7年浅草寺境内において五姓田芳柳、義松親子によって興行された「油絵茶屋」を再現しようという小沢さんのプロジェクトに加えていただいた。
その明治7年の「油絵茶屋」の資料は少なく、人形の吉徳に収蔵されている当時のパンフレットである引札一枚と、木下さんの著書『美術という見世物』に書かれている、油絵茶屋を取り上げた当時の新聞記事など限られたものの中で進められた。
小沢さんのリサーチに随行させていただき、人形の吉徳へ引札の原版を見に行ったり、木下直之さんにお話を伺いに行ったり、神奈川県立歴史博物館へ赴き収蔵されている芳柳、義松の画法を学びに行った。

芳柳の画法は日本画の技法で西洋画風に描かれる横浜絵というもの。義松は、駐日特派員で画家のワーグマンから習得した本格的な西洋油絵画。
「油絵茶屋」に掛けられた12枚の絵を、親が描いたのか子が描いたのか、引札を見てもわからない。
プロジェクトに参加した油絵科のOB、在学生11名はそれぞれの絵を担当し芳柳で描くか義松で描くかを決めて、それぞれ引札の中に描かれた小さな版画の絵を頼りに独自にリサーチし情報を集め描いた。

自分は義松として、第八ばん「金瓶楼(今紫人形ニ見立)」を描いた。

引札に小さく描かれた絵の情報から、何に扮しているのか、着物の絵柄、今紫という当代一の花魁の顔、当時の化粧方法、装着している小物などを特定していった。
その中でよくわからなかったものが、今紫がすっぽり収まっている大きな箱の存在だった。(人形ニ見立)と書かれているくらいだから、自身を人形に見立てた時の収納箱だろうくらいには思っていたが、実際にこんなことをやるものなのかなと疑問だった。


それから何年か過ぎた一昨年、
石黒敬章著「こんな写真があったのか 幕末明治の歴史風俗写真館」を本屋で見つけペラペラと立読みしていると、あの人形見立ての実例というか、当時の人形見立てをする女性の風俗写真が掲載されていた。これは数年越しのパズルのピースがカッチリはまったような思いがした。澤田開下堂という大阪で開業したトリック写真を撮る写真師が始めて、のちに上野彦馬などに影響を与えたと同著に説明されている。等身大の箱だから結構大きな撮影用のセットで、箱の蓋には「京人形」と大きく書かれている。
もし「油絵茶屋」の金瓶楼の絵中の箱の蓋に何かの文字が書かれていたとすれば「白拍子」「静御前」とかになるのだろうか。

それにしてもこの本が家の本棚に2冊あるのはなぜだろう。妻に訊いても買っていないというので、本屋で同じ衝撃が2度あったということなのかもしれない。



by koyamamasayoshi | 2018-01-06 20:05 | 日記


小山真徳 展覧会情報


by Koyama Shintoku

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