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2016/11/14

学生の時に親しくさせていただいたU先生が亡くなった。U先生のフハっという笑い声を想い出していた。お通夜に弔問した雨降りの帰り道、雨まじりの冷たい風が体をすーすー抜けて内蔵を冷やす。かなしい時はかかしの体温だな。スーパームーンも見えやしねえ。



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by koyamamasayoshi | 2016-11-15 08:21 | 日記

七五三

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by koyamamasayoshi | 2016-11-13 20:06 | 日記

続、けんぽくロードサイド

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昨日遠く夕闇に見た、高萩の町に這いつくばる、国芳の絵の、がしゃどくろのような大規模廃墟群を朝、見に行く。
車内に、ちあきなおみをかける。昨日のスナックのマスターに訊いたところ、あれは製紙工場跡で、今では映画やドラマのロケ地として利用されていると教えてくれた。そこは近づくごとに広大であることが分かる。遠くから望むと2本だと思っていた煙突も、近づくと真ん中でポッキリ折れたもう1本が現れた。がしゃどくろの工場群にもっと近づいてもらい車は走るが、ぐるり囲い込んだ塀に阻まれて近づく事が出来ない。関係車両ゲートまで来て、車を降りゲート越しに、大髑髏を眺める。
砂山に棒を突き刺し、砂を削り取る山崩しゲームのように、その廃墟群を削り取る、ショベルカーの姿は、何の因果かこの世に生まれ落ちた巨大な怪物を捕食する蟻んこのようだ。喰われながら、怪物が送る輝きを失ったビー玉のような目線をゲートの外から感じた。


北茨城市に向かう。コンビニに寄り、朝食を買う。道を挟んだ向こうの民家の庭で、腰を屈めた爺さんがカナバサミで、何かを拾っては積み、拾っては積みを長時間続けている。その姿からは、賽の河原の石を積み続けるような、途方もない時間のループを漂わせている。
自動車整備工場、ドライブイン、ここらのロードサイドの風景は埃っぽくて良い。海岸線の防風林の木々の間から太平洋の光が溢れている。

山側の道に入りしばらく走ると、展示会場の旧富士ヶ丘小学校に着く。近場に出来た真新しい校舎に学び舎を移し、展示会場の校舎は廃校になるという。
数日ぶりに来訪した柚木さんは当然有名人で、受付スタッフのおばちゃんたちに先生と呼ばれ慕われている。

校舎3階へ上がる階段から柚木さんの作品の導入がある。それは、時間と場所を凝縮した波間の上を、櫓のない舟のように、会場へと自然に引き寄せられてゆく。
2ヶ月間の物々交換の旅の記録映像が、山篇、海篇として教室の右と左に映し出されている。中央には相棒となった屋台小屋が、静かに佇んでいる。その姿に、魂の通った相棒の操作によってでしか、超現実のパフォーマンスを発揮しないマシーンが、相棒の帰りを静かに待ち、次の冒険を夢見ている、そんなアニメでオタクな想像をしていた。それほどに屋台の作り込みから、作者の柚木さんの愛情を感じ、付き合いの長さが見て取れる。
今回物々交換の地の6市ごとに屋台の電飾看板のデザインを替えているらしく、電車でいうとヘッドマークに当たるその部分が、演歌的場末感漂い、盲目的でいいなと勝手に思った。
映し出されている物々交換のドキュメンタリー映像は、物と物を繋ぐ中で関わった人々に笑顔をもたらしているところが印象的で、それは誰にも出来ない柚木さんの人柄がもっとも表れていると思った。健康的で明るく、救いがあり、爽やかな風が占めている。しかし逆に言えば、ヘッドマークに感じた演歌的情けなさや、グズグズ感は少ない。どの部分を切り取って表現とするか、それは当然柚木さんの中にしかない。それでも、ヘッドマークや屋台の細部にみる、観る人にとって伝わらない、もっといえばどうでもいい個人の偏執的なこだわりの部分が、まわりまわって誰かの心をもっとも突き動かすんじゃないかと思えてくる。


3階の他の教室には、この廃校になる教室の鎮魂歌と解釈することが出来る作品で、子供達が教室で授業を受けている音声が流れている。インド人の作品で音声もインドの子供の声だ。アートを通して屁理屈のようにそことあそこを結ぶ姿勢に、少し首を傾げてしまう。そこはそこだし、あそこはあそこだ、と思うのだが。
2階の廊下伝いに連なった教室には日本人の作品がある。教室の床に横たわる板ダンボールに、来場者が思い思いの色紙を貼付けて、教室の窓から見える風景を共同制作するという他力本願の作品がある。いつの頃からか、子供に美術というものを教える、伝える時に、他者と美しさを共有するみたいなワークショップというものが生まれたのだろう。○○しよう!○○をつくってみよう!健全な肉体と魂を育てる体育のような美術から、ホンモノの芸術、文化を生むだろうか?
暗幕で閉ざされた体育館の中央には日本人の作品で、空模様が投影された飛行船が一機、浮いていた。


校舎の表に出て校門の側にあるたばこ屋で煙草を吸っていると、地元の子供達が向こうから駆けてきて「こんちわー」と気持ちのいい挨拶を受けた。

積み上げられたブイの山が幾山もある漁港をまわり五浦の灯台へ行く。波際の岩礁のようなところに、東北大震災の時に被害が報道された、六角堂が見える。今はもう立派に再建した姿が、遠く高台からみえる。
次に地元の金物、荒物、日用品、雑貨店をひとまとめにしたような、何でも屋に連れて行ってもらった。ホームセンターという言葉はしっくり来ない印象がある。ここには一点一点のこだわりがあるような気がするのだ。用途は知らないが上棟式で使う鶴の飾りはあまり他所では見掛けない。ここに、ビジネスホテルなんかのルームキーに使う、紫や赤や緑のアクリル棒が売っていると柚木さんに教えてもらい、買いにきた。それを4本買った。ちょうど店内には、「ひるのいこい」のラジオ放送が流れていた。


高萩に戻り国道沿いのドライブインしらかばに立寄る。この乾いたロードサイドのドライブインを、柚木さんは今回の芸術祭滞在制作期間中、何度も通り過ぎ、気になっていたという。俺も一目で惚れた。排ガスと道路の灰色と、太陽光で漂白した白、薄水色の空、その3色の印象。
広い駐車場の隅にある漂白した建物はかつて何を担っていたのか、卵の殻のような存在だけが取り残されている。
しらかばに入り、焼肉定食と半ラーメンを、柚木さんは大盛りラーメンを注文した。注文したものを待つ間、店内を見渡す。大判カレンダーが多数壁に掛かっている。暦の下の広告主に気を遣っている為か20枚以上はありそうだ。レジ横には、ミニチュアの民家が作って置いてあり、内一つの民家の床の間には、滝を上る鯉の写真を貼った掛軸が掛かっている。客席間を仕切る保健室にありそうな布のパーテーションのステンレスフレームに、汚い虎のぬいぐるみが抱きついている。壁際には漫画本が詰まった棚がある。トラックの運転手らしき作業着の男がひとり、またひとり来店し飯を食べて出て行った。いい風景である。
by koyamamasayoshi | 2016-11-10 14:40 | 日記

けんぽくロードサイド 2016/11/3-4

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10年ぶり位だろうか、取手駅にやって来た。
茨城県県北で開催されている芸術祭を、同芸術祭に参加している芸術家の柚木さんの運転する軽トラで観に向かった。車内で聴くCDを持ってきてと言われていたので、前日寝る前に数枚選んだ。
野坂昭如をかけながら常磐自動車道を北に走る。柚木さんは、あげようと思ってと、猊鼻渓の文字入りしゃもじと乾電池式のカイロをくれた。

今回芸術祭に出している柚木さんの作品は、自作のリアカー屋台小屋を茨城県県北6市を2ヶ月間引きながら、物々交換を通じて地域住民との交流から生まれた物語の一部を展示している。
俺は車内で今回の作品の話を聞いた。その2ヶ月間に、いいことも辛かったこともあったようだったが、結局翌日別れるまで、辛かった話は口にされなかった。その辺りが柚木さんらしい気がする。

那珂で高速を降りて常陸大宮市に入る。建物が低く、空が高く、いかにも国道沿いの乾いた風景だが、この土地に相性がいいのか、好きな風景である。

矢吹丈が力石徹というライバルを失い、傷心、ドサ回りに落ち、巡業先の大洗からドヤ街の子供たちに手紙を出す。子供たちは家出して無賃乗車などを繰り返して大洗に辿り着く…。
俺は「県北」にジョーが中央に返り咲く、折り目の地としての印象が強い。柚木さんにそのことを話すと、大洗は「県北」ではないよと教えられた。

旧ゲームセンターにてドイツ人の作家が大掛かりな作品を展示していた。表から巨大な籠がゆっくり回転しているのがみえる。会場に入るとその籠の中にお宮のような木組みが籠に連動して回転している。それらは中心に設置された円形の水たまりに浮いて回転している。動力は手動で籠を回すことで回転しているようだが、なぜ回っているのか俺には仕組みがよくわからなかった。
すぐ隣の建物で、日本人作家の巨大な絵画作品が木組みに支えられて20°ほどの傾斜で展示していた。


妻が、けんぽく芸術祭の仕事で袋田から少し北の大子町に行っていた時、大子町に入る川沿いに、俺の好きそうな民宿があるよと聞いていた。それを思い出し車窓を注意深く見ていると、派手な色彩の建物が、川に突き出している。たしか「民宿みき」という名だった気がする。ズバリ好きな感じだった。川に突き出しているところが特にいいなあと思う。

さらに北に向けて走り、袋田手前で脇道に入り、水郡線の上小川駅に寄った。駅前の道端の小屋に張り付いた看板では、YAMAHAのYAが褪色し、消失し、MAHAだけを告げている。そういうところ。
駅舎向かいの、雑貨屋をガラス扉越しに店内を見渡すと、何やら醸しているような気がする。閉ざされたガラス扉の張り紙に「御用の方は云々」と電話番号が書いてあるので電話を掛けた。店内は輸入雑貨と生活用品、自家製プリンが売られている。店内のものと、ものに埋もれた中に、好みのものを求めたが見つからなかった。
家主の生活領域というかバックヤード方面に、控えに回され忘れ去られたままのものたちの気配を感じた。それとなく店主に、古い土産物を探していると伝えるが、結局それらを目の当りにすることは叶わなかった。諦めてそこで売られている自家製プリンを柚木さんと店内で食べた。美味かった。

袋田駅に車を走らせると、柚木さんは無人のホームへと歩いて行った。作品でもあるのかなと付いて行くと、見覚えないか?と訊いてきた。柚木さんがそういうということは、男はつらいよのロケ地なのだろうが、直ぐにどの場面か、ピンとこなかった。
ぼくの伯父さんだよと教えられ、ああ、イッセー尾形の爺さんと電車内で喧嘩して降りた駅か!と納得した。
駅の近くの、河鹿園というホテルに渥美清のサインがあるというので見に行ってみた。玄関に入ってすぐのフロント横の壁の真ん中に褐色に灼けたサイン色紙を見つけた。平成4年の日付が入っている。男はつらいよのスチール写真が添えられていたが、何故かマドンナは大原麗子だった。大原麗子のマドンナは牛久だけど、ここからは遠い。両作品とも劇場公開年と色紙の年数がしっくりこない。…でも、まあ、渥美さんはここに泊まったと思うことにした。


袋田の滝に向かうと、祝日の紅葉シーズン手前で、観光客で溢れ返っていた。
柚木さんは物々交換の旅で数ヶ月前に来た時と比べて、あまりにも客足が違うらしく、たまげていた。土産屋が建ち並ぶ一本道の途中に、民具、農具を引っ付けたような、ボッロい家屋に目を奪われる。その建物の手前にごちゃごちゃっとした地蔵堂なのか祠のようなものが、周囲の風景に弾くがごとく、アングラ演劇の色彩を放ちながら存在している。流れる車窓から目で追いながら、耐性のないひ弱な観光客は、火傷するから近づくんでねぇ、と思わず警告したくなる。

駐車場から袋田の滝に向けて歩く車道のどん詰まりに骨董屋がある。軒上に民具やほうろう看板、天狗の面が引っ付いている。来る途中で見た異彩を放つ小屋と同じ持ち主の家だろうとわかる。
柚木さんはこの店のおっちゃんと以前会ってるようで、話しをしている間に、俺は店内に面白いものがないか探した。意外にも、ポンチな物が少なく手が伸びなかった。

10年前だったろうか、妻は学生達を連れてここに観光に来ていて、その時に「袋田滝子」なるマネキン人形が、骨董屋の前にあったと言っていた。俺はその事をずっと忘れずいたので、おっちゃん店主に訊いてみた。骨董屋はここだけだし、そんな馬鹿馬鹿しい名前の、それでいて哀しい運命を背負わされた人形が居るとすればここしか考えられない。
しかしおっちゃんは、知らんなあ~と忘れてしまっている。産みの親が忘れるんか!?と俺は少しショックだった。その上、店の隣で、鮎やこんにゃくを焼いている少し若い店員たちに、袋田滝子って知ってるか?と訊いてる始末。作ったあんたが知らんならもうみんな知らんよ!
俺はその袋田滝子に会える事を密かな楽しみにしていただけに哀しかった。おっちゃんは、あるとすれば、むこうだわ、と途中で見た、埃まみれの別館のどこかにあるんじゃないかと言った。滝子に会えない、俺の悲しい顔に同情して苦し紛れにそんな適当な事を言ったのか、本当にそこにあるのかわからないけど、おっちゃんは探しておくよと言った。

袋田の滝へ向かうトンネルの中に、赤紫色に明滅する蛇のオブジェが天井にのたくっている。韓国人の作品らしい。
トンネルの先に、濃いねずみ色の丸い岩肌を滑り落ちる滝が見え、流水は幾筋も白い線を起こし、まるで素麺のようだった。
観光地の楽しみは土産屋で、しかも30年前~50年前団体旅行で賑わったような観光地の土産屋に興味がある。今回土産屋を隈無く見たが、どうしても欲しいという土産物は見つからなかった。

柚木さんから、この先、大子町の作品を観に行くか、外観が以前から気になっている骨董屋に行くかの選択をせまられた。俺は後者を選んだ。
車内の音楽を八代亜紀に切り替え山道を走り、里山を抜ける。峠の道路端に炭焼き小屋(!!)を発見し、通り過ぎる時に側に立っていた炭焼き職人と目が合った。
里山を走る道沿いに「かかしまつり」の幟がはためいている。その旗がどんどん増えていき、かかしまつりの会場に着いた。藁で作られた大掛かりな案山子が50体くらいあっただろうか。尾長鶏、ドラえもん、トトロ、とにかく明るい安村、などが寒風の空、ゲートボール場みたいな所に、お互い恥ずかしがって寄り添い暖め合うように置かれている。素直に、刈り終えた田んぼに堂々と設置した方が面白いんじゃないかと思える。
その近くに目的の骨董屋というか雑貨屋があり、外見は椰子の木やインディアンの木彫があったりと良さそうな気がしたが、店内にぐっとくるものは見つからなかった。


高萩市に入り、町の向こうに太平洋が光っているのが見える。でかい煙突2本、その奥に骸骨のような大規模な廃墟構造物群がちらりとみえた。これは明日もっと近くで見てみたい。
つまみと缶ビール、丸ストーブの灯油を買って、柚木さん達、芸術祭関係者が利用していた墓場と隣り合わせの宿舎へ向かった。
宿舎で缶ビールを飲みながらくつろいだ後、高萩駅近くの居酒屋にご飯を食べに行った。
2軒目に見当を付けていたスナックの、「ひばり」か「ふらわあてい」で、「ひばり」のドアを選択し開けて呑み直した。
先客で間違いなく常連の女2男1の3人は、歌を歌い続けていた。合間に柚木さんが巧い歌を披露し、点数が出るシステムの高得点を叩き出すと、驚嘆の目と賞賛の拍手を投げかけた。俺は下手な歌を2、3披露した。

「ひばり」を出た先に屋上に繋がる螺旋階段がある。この屋上にも店があったらしいが、今は暗い空と、静かな町を眺めるだけで、なにもない空間だが、いいところだ。

宿舎に帰る深夜の山道を、柚木さんは右左に揺れ揺られながら足を運んでいる。時折その横を、煌々と光を放って車が走っていく。
by koyamamasayoshi | 2016-11-09 01:47 | 日記

山でのこと

ある夜、寝ていると隣に寝ている職人のKさんが「kdじゃhうぃ…、まさー!、jえkでws…」寝言を言っている。どうしたんすか?なんですか?と訊いても反応がない。

翌朝、朝食の時に、Kさんは「俺、寝言言ってなかったか」と訊いてきた。言ってた。
知りたいか?といわれ、頷くとこんな話をした。
おそらく夢と現実の間と思われる中で、今自分達が寝て居る同じ情況を見ている。部屋の入口の襖が少し開いて、隙間から昔の着物を着たおかっぱ頭の女の子が部屋の中を覗き込んでいる。その目に悪意を感じたらしい。怖いと思い背中を向けて寝た。しばらくして、どうなったのか気になり、ちらっと見ると隣で寝ている俺の枕元にたって俺の顔を覗き込んでいたという。そこで俺の名前を叫んだらしい。昨日寝言でKさんが叫んでいる時に、寝言で目覚めた俺は、それらしい女の子を見なかった。
by koyamamasayoshi | 2016-11-08 00:34 | 日記

2016/10/24

EXPOで展示した作品を搬出した時に、店内にあった二眼レフカメラを6000円で買った。

上野公園を通ると動物園前がさっぱりしている。こども遊園地が取り壊されたようだ。遊園地の柱に小人が腰掛けていたが、ケツの肉のほんの一部分で腰掛けている姿が思い起こされる。

有楽町ビックカメラで二眼レフカメラ仕様フィルムを買いに行く。詳しい店員さんにカメラの使い方、フィルムの替え方を親切に教えていただいた。
二眼レフカメラが欲しいと思ったきっかけは「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」の映画を観てからで、近距離で人物を生々しく撮りたいと感じた。それに記録的に風景などを撮影するのにすこし飽きていたので、手触り感のある旧式のカメラで遊んでみたくなった。
by koyamamasayoshi | 2016-11-08 00:30 | 日記

おっ母と美術 2016/10/20-21

早朝出掛け、東京駅でのぞみ5号に乗る。8時6分、名古屋駅ホームで待っていた母親が見えた。
倉敷の大原美術館有隣荘で妻が作品展示しているものを、親子二人で観に行く旅。


9月に漆塗り作業で実家に帰省した時、米粒程の親孝行であるが旅行に誘ってみた。
その時は、気楽な格好で行くと言っていたのに、ネックレスを巻きブーツを履き、お洒落な格好をして乗車してきた。
隣の席に座らせ、持っていた荷物を棚の上に載せようと受け取るとやたらと重たい。一泊の旅とは思えない大きさの手荷物だ。何を持ってきたのか訊くと、ドライヤー、タオル、寝間着、シャンプー等々。いやいや、そんなん旅館にあるって。
…まあいいや。
しかし、それだけではその重さに見合わないので荷物の中身を見ると、お茶の500mlペットボトル2本、缶ビール2本、小倉とホイップを挟んだ菓子パン4個、柿の種、カロリーメイト、そして助六(!?)2人前が入っている。おい助六って、法事じゃないんだから。

俺の頭の中では、昼飯は妻から聞いた倉敷のお店へ行く予定だったので、事前に言っておけば良かったと後悔した。
そういえば数年前大学卒業式前日に、東京にやって来たおっ母は、ぼた餅と、おいなりを持ってやって来たので、上野公園で二人で食べた記憶が甦った。
倉敷で公園でも探して食べるんか?と訊くと、笑って「倉敷がどんな所かわからんかったで」と自分の田舎以上のド田舎を想像していたらしく、買う所に困ると考えていたようだ。じゃあそんな田舎に行くのに何で履きづらい靴?と矛盾を思ったがそれは言わなかった。

旅先でこんなの食べた、美味かった不味かった、そういう要素も旅の彩りだよ、と説得しても、そういう旅をしたことないという。朝飯は既に食べていて入らないし、とにかくこの助六2個をどうやっつけようか俺はひとり思案していた。生ものだから駅のロッカーに預けるのも厄介だ。
念のため、もう一度バックの中を覗くと、さらに中敷きのように2リットルペットボトルのお茶が入っていた。訊くとお茶の補充らしい。要するに500mlペットボトルのお茶が空いたら注ぎ足す用。
鉄アレイみたいな重さを感じたのはこれが入っていたからだった。


岡山で山陽本線に乗り換え20分で倉敷に着いた。車内で散々言ったせいか、おっ母は持ってきた重い荷物を持ってあげようとすると「ええわね」と突っぱねる。全く、強情な婆さんは可愛げがないね、と言うと観念して荷物を渡してくれた。商店街のアーケードを通り抜け美観地区に行く。

早速、妻の作品が展示している有隣荘に入館する。館内の長押をみると節のない奇麗な檜材、屋根瓦は三釉彩。大原家の客人を泊めた別邸だろうか、周囲の景観に比べて派手だ。妻はここで「密愛村」という絵のシリーズを一同に展示している他、留袖をドレスに仕立てた漆黒の布地に演歌の一節のような言葉を銀糸で刺繍した作品を出している。
おっ母はじっくり時間を掛けて一点一点鑑賞している。文章があればすべて読んでいるようだ。2階の窓から川向こうの神殿のような大原美術館が見える。このペースでいくと大原美術館すべての作品をみる頃には夕方だろうと思った。

大原美術館本館に入る。西洋絵画の巨匠作品が並んでいる。日本で当時まだ名前も知れ渡っていない頃に、数々の巨匠の作品を購入していたらしいが、それはすごいと思った。おっ母と作品を観るペースが違うので、俺は先の展示室内のソファーですこし仮眠した。
もう来る機会ないだろうから観られるものは観たいとおっ母は言ったが、それは現在失いつつある感覚ではないかと思った。例えば昔のひとがお伊勢詣りする時も、一生に一度の感覚だったろうし、普段見ない光景を眼に焼き付けていただろう。現在は、カメラやスマホで撮り、何時でも見返すことが出来る。それにそこへ行かなくても誰かの写真画像、動画で行った気になれるし、googleのストリートビューだってある。もはやそこに、冥土の土産にみるという感覚は皆無だろう。訊かなかったがおっ母はカメラを持って来ていないだろうし、ケータイで写真を撮ることもしないだろう。意味がないのだろう。

明らかに履き慣れない靴だったらしく、疲れたように俺が休んでいたソファーの隣に座った。履きやすい靴で来るって言ってたじゃん、というと「かっこつけたんだろうね」と後悔している。

エル・グレコの受胎告知が大原美術館の目玉のようで、気品ある作品の前に気品のない二人が眺める。こっちがマリア様でこっちはだれだ?、というのでキャプションを見て俺が、天使ガブリエルと言うと、ああガブリエルかと呟いた。知らないでしょ?と聞くが、聞いたことあると譲らない。

本館一階には、サム・フランシス、ロスコなどの抽象絵画が並んであり、おっ母は俺に、どうゆう見方をすればよいのかストレートに訊いてきた。俺は別に好きな作品でもないし、いいとも思わないけど、これは好き嫌いだよと言ってしまったら、それまでなので、自分なりに丁寧に説明してみた。

例えば、今、目の前にある何が描いてあるのか分からない抽象的な絵の模様が、普段使うお茶碗や、お皿に描いてあったら奇麗だなと思うとおもう。しかしそれが平板の板や、四角い布に描かれている情況に、これが何の存在かわからないというのは、この世のモノを利便性や機能性でしか観ていないということの表れだと思う。美しいと感じる心は利便性、機能性以外のところにも存在している。それは四季の移ろいに感動するなど、生活の損得以外の中にあると思うよ。
自分自身に言い聞かせるように、丁寧に説明すると、何となく理解したような顔をした。

本館を出る頃に、昼時になったので、課外授業の小学生が整列して待機している美術館中庭のベンチで二人して助六を食べた。助六を食べ終わると、持ってきた菓子パンを食べるようにすすめてきた。なんで持ってきた物をやっつけることがメインになってるんだ。「いーよ、持って帰んなよ」というと、やけくそなのか、おっ母は1個食べ出した。もはや面白いと俺は感じていた。


工芸・東洋館に入る。陶磁器の作品、棟方志功の版画、仏像等々が展示されている。おっ母は、歴史に興味が深いのでこれまで以上にじっくり鑑賞している。関心があるといっても田舎者の雑さで、作品に触ろうとしたり、もらったパンフレットを筒状に丸めて、つんつん触れようとする。その都度叱るが、全然聞いてない。困ったものだ。
俺は、東洋館の2階にあった太占の展示、○○はどうか、○○してはどうか、と神様にご託宣を伺っている骨の展示が興味深かった。
おっ母の鑑賞時間を待つ間、外の中庭のベンチで仮眠した。朝早かったのでとても眠い。

次に日本の近現代絵画が展示されている分館へ行く。庭園内の茶室で雅楽が聴こえていた。分館では、安井曾太郎の「外房風景」が良かった。家に帰って妻に伝えると妻も好きな作品だったらしい。他には、横尾忠則、福田美蘭の作品が好きだった。

この辺りになると相当足が痛いようでおっ母は辛そうだった。外に出て庭園の東屋で休み、ブーツを脱いで、シーシー、息を吸いながら足を揉みほぐしていた。
靴買ってあげようかというと「い”ーい”ーっ!」とイノシシの鳴き声のような猛烈な断り方をする。「いや、買いに行こうや」「い”ーい”ーっ!そんなもんもったいない!」と頑として譲らない。
「じゃあ、いいわ。せめて溜め息つかないで。痛くて辛いだろうけど、その溜め息はやめてほしいわ」というと笑いながら、分かったよと言った。

おっ母は、工芸・東洋館が気に入ったらしくもう一度観てくると言って入って行った。俺はまた中庭のベンチで仮眠した。
その後アイビースクエア内の児島虎次郎記念館とオリエント館を観て、予約した旅館に向かった。
途中、全品1000円の雑貨店でデッキシューズを見つけた。おっ母に1000円の靴あるよと教えると「い”ーっ!いらん!」と他の観光客が居るのにおかしなボリュームの声を張り上げる。


旅館にチェックインして部屋で休む。座布団を枕に寝ようとすると隣の建物から建設作業音が頭を響く。ズガガガガ、ズガガガガズガガガガ、ズガガガ、ズガガガ、ガガガガガガガガガガ…。
なんじゃい!ここは!疲れてんのに休めんのか!
仕方なく、宿のつっかけを借りておっ母と散歩した。隣の作業員が居たので愚痴を言うとすみません5時には終わりますのでという。まあしゃあない。
さっきの1000円雑貨屋に入り、おっ母にさっきのズックをすすめた。かっこ悪いだの、買って帰っても履かんだの大声で、そして乱雑に試着している。どうにもひどい客だ。結局買わずに、美観地区や神社をつっかけで散歩した。散策し宿に帰る道、まだ1000円の店が開いているなら買おうかなと母さんが言った。店は開いており、1000円の紺色のデッキシューズをようやく購入した。


宿では食べたことのないような夕食に、田舎者の二人は緊張したがとても満足した。そして久しぶりに蒲団を並べて深夜まで話をした。
翌日は特に行く所もなく、疲れたし、もう帰ろうか、と昼前に倉敷を後にした。
帰りの電車で、まだやっつけていなかった菓子パンを食べながら、次は貧乏旅行をしようと誘った。
by koyamamasayoshi | 2016-11-08 00:26 | 日記

清澄白河、駒込、谷中、根津 2016/10/19

中央線に乗り神田、山手線乗り換え御徒町で降り、大江戸線乗車、清澄白河で降りる。
地下鉄から地上に出ると清澄寮の建物が見える。そこから東へ数分歩き、友人の展覧会を観に行った。行きしな気になる喫茶店があった。そこの窓に「豊真将改メ立田川」のサイン色紙が飾ってあるのが目につき、帰りに寄った。
入口のドアに鍵がかかっていてガラス越しに店内を覗くと薄着でくつろいでいた淡路恵子のような女将さんがカーディガンを羽織って開けてくれた。店内には文化放送がかかっていた。店のどこかを修理しているらしく店を閉めてたようだ。
豊真将がよく来ていたようで、女将さんはしきりに優しいひとですよと教えてくれた。アイスティーを一杯頼んで店を出た。
インターナショナルスクールが近所にあるらしく地下鉄へ戻る道、ランドセルを背負った赤い髪の女の子が前を駆けて行く。前方の柱の陰に潜んでは、俺のうしろを歩くお友だちを覗き、また駆けて行く。
大江戸線乗車、春日駅で南北線に乗り換え、駒込に降りる。
角に眼鏡屋がある道の先のギャラリースペースで友人が作品を展示している。写真の感光紙に直接着色しているため会期中、微妙に画面が変化するらしい。
ついでに、歩いて数分のところの駒込倉庫という場所を友人に教えてもらい、観に行った。JR駒込駅のガードを潜り抜け、パチンコ屋や総菜屋の並ぶ商店街から路地に入った住宅街の中に異物感として駒込倉庫はあった。倉庫の2階に展示していた作品は、街の微振動を天井に張り巡らせた鉄格子に伝わらせワインワイン展示空間に心地よく反響音を奏でている。とても落ち着く音だ。地下トンネルや下水道、天井裏など隔離された空間から地上の雑踏、社会、世の中のスピード感を傍観しているような心地よさを感じた。
駒込駅に戻り山手線に乗り日暮里で降りる。ゆうやけだんだんを降り総菜屋で唐揚げを買って食べ歩きながら上野方面に歩く。谷中の商店街を抜けた先にストッキング屋?があり、そこの照明看板がいやらしくて良かった。紫と緑のグラデーションの照明だった気がする。
ギャラリースペースマルヒと、アンティークショップEXPOにて自分も作品を出している「藝大×EXPO展」を観に立寄る。学生の作品も並んでいる中、工芸、彫刻科の作品はカタマリとして強いなあと改めて思った。学部の4年間、俺は何をしてたんだろうと、考えても仕方ないことを思った。

帰り道、本屋に寄る。
雑誌の4辺をハンカチで何度も何度も拭きながらブツブツ何か言っているお爺さんがいた。側に寄って聴くと百、千、万、十万、百万……、と数字を数えていた。
by koyamamasayoshi | 2016-11-07 22:50 | 日記


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