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2016/8/18 愛知帰省旅②

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朝5時半、点けっぱなしになっていたテレビの画面に、女子レスリング48kg級の登坂絵莉選手の決勝戦のリプレイが映っているのを、寝ぼけ眼で、蒲団の中から見上げた。
画面の右上には、登坂金メダルと結果が表示されているが、ポイント劣勢のまま残り五秒で表彰式の生映像に切り替わってしまった。表彰式での登坂選手の笑顔と、銀の選手の表情との落差に、僅か残り五秒でどんな攻防があったのか想像が出来なかった。
6時、ホテルの朝食バイキングを猛烈な勢いで食べ、バスの時間ギリギリまで、58kg級の伊調馨選手の決勝戦を部屋に戻り見た。第一ピリオドが終わった時点で1-2の劣勢だが、バス停に向かわなければ乗り継ぎに間に合わない為、最後まで見ずにチェックアウトした。


6時40分、知多バスで常滑駅から知多半田駅まで向かう車内で、スマホを見ていた妻が「伊調勝ったよ」と教えてくれた。しかも残り数秒の逆転勝ちだったらしい。
朝から、うれしいニュースに晴れやかな気持ちになるが、対照的に車窓は暗雲がのしかかる重苦しい風景。しばらくして雨が降り出した。


知多半田駅から名鉄河和線で終点河和駅に着き、師崎線バスに乗り換え、終点師崎港へ向かう。
車窓に三河湾が見え、数隻の漁船が雨後のキラキラ光る海に浮かんでいる。
日間賀島行き高速艇の乗船時間ギリギリでバスが到着した。待ち合い所には、すぐにでも泳げるような薄い布切れだけを羽織った格好の女たちがいる。その横を通り抜け、急ぎ乗船券を購入する。
出港すると直ぐに、日間賀島沿岸が目の前に迫ってくる。
10分程で日間賀島東港に到着した。


島へ降立つと、扇を持ったタコのモニュメント像が出迎える。そんなヤツを構うことなく、公衆便所で用を足したら、早速民家が建ち並ぶ路地へ突入した。
木造家屋に塗られたカラフルなペンキ塗料が、潮風と真夏の太陽を浴びて、日に焼けた肌から薄皮がめくれていくようにピリピリと板壁から浮いている。寄り添うように密集している家屋の間に不規則な路地が重なり、どこをどう歩いているのか迷子になる。
ここは瀬戸内海の島々で見た太陽光に漂白されている風景に似ている。
目眩を起こす寸前の風景、不確かで、陽炎の中の、あるいは夢の中の風景…。


知多四国の霊場札所があり、参拝した。柱の木鼻には獅子、貘、龍の彫刻が施されている。側の木の幹に「鯖大師」の看板が針金で止めたあったが、「鯖大師」とは誰のことだろう。


野良猫の島で有名らしいが4、5匹の猫にしか会えなかった。うち一匹は子猫だった。漁具の入ったプラスチックケースと家の壁の隙間にその子猫は潜んでいた。遠くからミーミー鳴いていたから分かったのだ。顔を近づけると、スリスリと尻を振りながら隙間の奥へ奥へ後退して行った。
路地を抜け、防波堤で海を見ながら、後から来る妻を待った。
沖で漁船が数隻、波に揺られ漂っている。


やって来ないので迎えに戻ると、路地から外れて小高い丘に登っていたようだ。そこからビ-チがみえたというので一緒に砂浜を見に行った。
人気の少ない砂浜で、監視台の足下で女の子が着替えをしていた。妻は眼がいいのでよく見えたようだが、残念ながら俺はよく見えなかった。
簡単な日除けシートが掛かったベンチに腰掛け、大きなサングラスをした婦人が家族を待っているようだった。


島の東側だけでも一時間以上もかかっているので、ぼちぼち西側に向かう。
小さな商店で、氷アイスを買う。店の壁に鈴木奈々のサイン色紙が飾ってあった。
グレープフルーツ味の氷を口に放り込み、ガリガリ砕きながら、鬱蒼とした緑に挟まれた、島の東西を繋ぐ直線の道を歩いた。
しばらく気付かなかったが、アスファルトの道に茶色い痕が遠く先まで続いている。よくよく見ると、干涸びたミミズが、絶え間なく埋め尽くしていたのだ。
雨降りに這い出て来たが、すぐに雨雲がさって陽が顔を出し、アスファルトの上でジューと焼かれたのだろう。ミミズの体液が染みていない部分を足で選んで進んだ。


島の西側は比較的新しい建材を使った住宅ばかりで、趣はぐっと無くなってしまうが、観光客は東側に比べるとかなり多い。釣りと海水浴に興じている人たちで賑やかだ。
船着場に着くと、師崎行き、河和行き、伊良湖行きの高速艇を待つ列が出来ていた。船を待つ列の中から、突堤から釣り糸を垂らす人々を見ていた。
白いタイトなブラウスを着た、いい体つきの婦人が、遠くの堤防で釣りをしている家族に向かって手を振っている。
赤茶色に灼けた顔の係員の案内で伊良湖行き高速艇に乗船した。俺は甲板に上がり、家族と一緒に釣りに興じる先ほどの婦人が、だんだんと遠ざかっていくのを見ていた。


…決して助平な目線だけで見ている訳ではない。絵を描く時や映像を撮る時、作品を制作する時において、その仕草や容姿を頭に呼び戻しやすいように記憶、記録しているのだ。これを読んだ妻なんかが誤解しないように、敢えてこんな言い訳を書いておく。


船は篠島を中継し、伊良湖岬へ波間を切り裂いて走る。冷房のきいた船内でうたた寝していると、30分で伊良湖岬に着いた。
そこで、バスの乗り継ぎの待ち時間が30分以上あったので乗船待合所の入った商業施設で昼食をとることにした。
吹き抜けの3階構造の建物で、1階にはエアホッケーや「電車でGO」、「ストリートファイターⅡ」などの少し昔のゲーム機が数台置かれたコーナーと、「やしの実博物館」という入場無料の資料館がある。出口は高速艇や伊勢湾フェリーの発着所に繋がっている。
2階は、乗船手続きの窓口と土産コーナー、それに食事が出来るスペースがある。出口はバス停や駐車場、道路に繋がっている。
3階には何があったのか分からない。展望スペースだろうか。
そこの飯屋で、俺は伊良湖ラーメンと大アサリを注文した。妻はシラス丼を食べていた。
ドライブインやスーパーの隅のイートインなんかで出てくるような安っぽいラーメンの味だが、俺はこういうのが結構好きだ。濃いめの醤油味、大きなチャーシューが載っている。
どの部分が「伊良湖」を冠する理由なのかは分からない。
妻がまだシラス丼を食べている間に「やしの実博物館」を観る。ざっとみたので詳しくは分からないが、どうやら漂着したやしの実に関しての資料コーナーのようだ。他には船舶模型や海鳥の剥製の展示、当地ゆかりの人物をパネルで紹介していたり、やしの実からどんどん離れていくような内容もあった。


11時33分発豊橋駅行き伊良湖本線バスに乗る。車内で出発を待っている窓の外で、前屈みでバスの時刻表を見つめる、女の子の胸が今にもこぼれそうでだった。
伊良湖岬を出発したバスは、三河湾の側の風力発電の風車が幾つか過ぎ去ると、乾いた熱波が停留する土色むき出しの荒野が広がる。正確には荒野ではない。シャンシャンシャンとスプリンクラーが乾いた土を僅かに濡れ色にして何か農作物を育てている。しかし眼にはサバンナのような厳しい大地に映り、背の低い草木の間から、今にもガゼルが飛び出してきそうだ。


伊良湖休暇村を経由したが、誰も乗ってこなかった。
休暇村施設のロビーと喫茶室がガラス張りでぼんやりと中が見えたが、何だか、あちらとこちら(バスの車内)との間に30年くらいの時間の隔たりがある気がした。30年前から時を刻んでいないような、記憶が建物内に幽閉されているような、そんな不安感が漂う。バスを降りてしまったらもう、現行のこの時間軸には戻れないかもしれない…。
バスのガラス窓の外の熱波の揺らめきの向こうのガラス窓から覗く人々の顔が、こちら側を不思議そうに見詰めているのをみているとそんな気分になった。


バスは田原駅に向かって走っている。
車内には、バス停降車付近の施設を案内する女性アナウンスと、妻の弾くカメラのシャッター音だけが響いていた。道路脇に建つドライブインの原型を求めて、バシバシカメラのシャッターを切っているようだ。俺は、東南海の地震の津波がここを襲ったら、この辺りはどうなってしまうのだろうかと不安に想像しながら、ぼーっと町並みを眺めた。


5分遅れでバスは田原駅に着いた。乗り換え時間、1分を切ったバスを飛び降り、妻と激走して渥美線に乗車した。切符を買う時間もなかったので車内で購入する。
宝くじくらいの大きさの切符で、記載されている駅の中から、乗客が乗車した駅、降車する駅、そして乗車日を、車掌さんの打つパンチタイプの切符きりで丸い穴を抜き、印をつける。
隣の駅で乗車してきた少女も車内で切符を買い、切符きりで抜かれた穴を、指先でイジイジさわって、穴を眺めていた。
12時47分大清水駅に着く。姉貴の美容院に行き、俺と妻の髪をやってもらう。
by koyamamasayoshi | 2016-08-22 00:50 | 日記

2016/8/17 愛知帰省旅①

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帰省のついでに「あいちトリエンナーレ」を観に行く2泊3日の旅。


中央線各駅停車で東京駅、ひかり501号に乗り換え豊橋へ。
夏休みで新幹線が混んでいると思い、早朝、出掛けた。座っている車両には、東京を出発する時、俺と妻の他に2組ぐらいの乗客がいるだけだった。
豊橋に8時に着き、名鉄に乗り換える。
懐かしい。赤い車体のパノラマカーで、車両間ドアの上部に現在の走行時速が車両のイラストと共に電工掲示されていた。かつて乗車した時に、その速度計の数字をよく眺めていたなと、思い出して見ていると、十数年たった今も、相変わらず表示していた。


岡崎手前の車窓に、似た格好の男が、数人距離をとって歩いている。
鉄道オタクの正装というものがあるのだろうか。薄いブルーのギンガムチェックシャツを、裾をズボンから出して着て、ケミカルウォッシュのジーパンに黒いショルダーバッグ。
車窓から、彼らが行く先が先行して窓に映るのを待っていると、直ぐに名鉄の車両基地らしきものが見えてきた。


知立で三河線に乗り換え、9時10分豊田市駅に到着した。
豊田市美術館が10時開館のため30分ほど、駅前のスターバックスで過ごす。後ろで注文を待っていた女性は綺麗な身重の婦人だった。
駅から炎天下の退屈な道程を15分ほど歩いて豊田市美術館に着く。入口には誰もいなかったのに、入館すると、うじゃうじゃと人が湧いて、正面入口の外にまで長蛇の列が出来ている。どうやら自分たちは裏口から入ったようだ。
杉戸洋ってこんなに有名だっけ?!と思ったが、どうやら併催の「ジブリの建築模型展」目当ての人の列だったのだ。
その行列を尻目に、待つ間もなく「杉戸洋_こっぱとあまつぶ」展に入る。来場者は先客のおじさん一人だけだった。


高校の1、2年生の放課後、名古屋の美術予備校の夜間の基礎コースに通っていた。3年になり、高校卒業出席日数に達した時点で高校を辞め、朝から名古屋の予備校に通った。
テンガロンハットに柄シャツ、絵具がところどころ付いたジーパンに、ごついバックルのベルトを通し、足には親父の消防のブーツを履き、矢吹丈が持っていそうな、ずた袋を肩に掛けて通っていた。
豊川の田舎モンの高校生が、名古屋のすかした高校生に舐められない為の出で立ちだったのだろう。
そのテキサスボーイは、自分で自分の絵が理解できず、ただただわけも分からず好きなように描いていたように思う。
ある時、その夢中の背中の後ろから、「いいね」と30代と思しき男から褒められた。もしかしたら20代後半だったかもしれない。髭面でよくわからなかった。やはり自分の絵のどこが良いのか分からないテキサスは、「はあ」と適当に返事をしたと思う。
その男が去った後、担当講師が、「今、声掛けてきた男を知ってるか」と訊いてきた。もちろん「知らない」と答えると「今出ている美術手帖に載っているので見てみな」と言われた。
それが杉戸洋という画家だと知った。


その時の印象と変わらず、飄々とした作品群だった。
平面作品しか知らなかったので今回、インスタレーション作品を観て、新鮮な気持ちだった。それらからは、ホームセンターが大好きなんだろうなあ、と思わせる要素がそこここに見つかる。
全体の印象は学校の保健室みたいだと思った。真っ白いホワイトキューブの広い空間に、壁紙のような絵画が身長測定のような支柱に支えられていたり、綿を使った作品の一部には、注射前の消毒の脱脂綿を連想した。


ついでに常設展示もみた。作者は忘れたが、夏の山というタイトルの作品が良かった。
「若冲」と「ジブリ」は強いね、と駅に戻る道々、妻と話した。


豊田市駅で名鉄豊田線に乗り、赤池から直通、大須観音駅で下車する。
名古屋の栄周辺、岡崎、豊橋の三地区で先週から「あいちトリエンナーレ」が開催されている。
地元なのに、参加出来ない悔しさもあり、どんなものか観に来た。観に行く前に、大須観音に参拝し、参道の商店街を見て歩く。
小中の女の子がやたら多い。ティーン女子の街のようだ。派手な洋品店が眼につく中、一軒のHIPHOP系?の店で、車の前で露出度の高い女がポーズをとっている図柄が全面にちりばめられた服を買った。
「人形材料店」の看板がある店は、気になったが、残念ながら定休日につきシャッターが下りていた。その向いの店でかき氷を妻と分けて食べた。
北へ向かって歩くと、浅草橋、蔵前のような、店輔商品を取り扱っている店が並ぶ。その先の大通りとの十字路に、路上生活者が建てたであろうバラック小屋?があった。


暑い。
碁盤の目の退屈な名古屋の大通りのアスファルトからの照り返しに、体力が徐々に消耗していく。
まず、作品会場のひとつ、名古屋市美術館に入る。2フロアに作品が並べられていた。
展示空間に対して作品点数と質が低くスカスカで、はっきりいって美術愛好家が公民館で自作を並べているのと大差ないように思えた。予定もあり、時間をかけてもしょうがないと思い、直ぐに別会場に向かった。


20分程歩き、長者町エリア作品会場内のひとつのビルに入る。4階までの各フロアに展示してある。
ざっと観て、妻と何も感想を述べずに直ぐにビルから出た。
統括している人は、これでよしと判断して展示をしているのだろうか、、と激しく疑問だった。
4階に展示していた作品は、現地で滞在して制作するというのが作品のメインテーマか知らんけど、滞在中の生活ゴミをわざとらしく散らかして生活臭を演出し、プロジェクターで投影している映像には、本人にとっては大事らしい滞在中のコミュニケーションが映し出されていた。
わざわざ地方の芸術祭の作品を、真夏のジリジリと灼けた道を汗水垂らしてヒーコラやって来る来場者の顔を想像出来ないのか。
美術館というハコではなく、雑居ビルという立地条件で展示している作品が、もしかしたら別の芸術祭にはない、「あいちトリエンナーレ」の特質かもしれないと思い、通過しないで観たけど、そういうことではないらしい。
ガイドブックでは、このエリア周辺にまだ作品が幾つかあったけど、もうどうでもよくて、最も力を入れているであろう、名古屋のメイン会場の愛知芸術文化センターに向かった。


歩きながら妻に、「あのゴミの作品を、客観的に、そしてものすごく肯定的に観ると、どういうことが言えるの?」と訊いてみた。いじわるではなく、あれが芸術だとしたら、本当に分からないのだ。
俺の作品も人から見れば、ゴミに映るかもしれないが、本質が全く違うと思う。
「わからない、好みの問題だと思う」と妻は言った。


暑い。名古屋の夏は暑い。その上、退屈なビルが並ぶばかりで、眼が楽しむ隙もない。横の妻がだいぶ暑さで参っているので、喫茶店を探す。ガイドブックに「エーデルワイス」という喫茶店が紹介されている。途中道が分からなくなり、地元のおばちゃんに訊くと教えてくれた。
「若い頃よく行ったわ~。カップルシートがあったのよ」と懐かしそうな顔をした。
深緑のベルベットの椅子と裸婦像が並ぶ店内の中二階に座り、おしぼりで顔を拭い、冷えた水のガラスコップを顔に押し付けた。大きなテレビの画面には、リオ五輪、女子の体操床種目が映し出されていた。二人して、ピザトーストとアイスティーを注文した。


大学の先生であった、櫃田さんの展示を数年前に観に来て以来の、愛知芸術文化センター。名古屋市美術館とは打って変わってしっかりとした展示構成がなされていた。
ただ、「虹のキャラバンサライ」という芸術祭のメインテーマに沿っているような作品はあまり観られなかったし、感じられなかった。
たった唯一、高橋士郎さんの作品だけが良かった。初めて知る名前で、ガイドブックを見ると結構なご年齢の作家さんであるが、強い作品だった。
機械仕掛けで様々な素材の造形物がイジイジとほんの少しの動作を続けている。トルソ像のお腹にアコーディオンのような楽器が取り付けてあり、一定のリズムでファーコー、ファーコーと鳴っている。全体にガタピシ感が漂っている。
移動遊園地のようで、そんなもの見たことも、体験したこともない俺でも、童心をくすぐられた。この作品だけが「キャラバンサライ」というテーマを的確に捉えていたと思う。


15時、栄駅から地下鉄名城線、金山駅で名鉄常滑線に乗り換え常滑に向かう。
車窓は縦横真っ直ぐの退屈なビル群の風景から、夏の光を猛烈に吸収した草木生い茂る、こんもりした雑木林の山の間を抜け、やがてまだ陽が西側の高い空にある伊勢湾が見えて来た。
はじめて行くところはいつでも楽しい。


16時、常滑駅を降りると、花火大会のような人だかりがわらわら。「これって?」と妻を見ると、「ポケモン」と言って不愉快な顔をした。
はじめてみた…。
はあ~、こんなところにまで収集しに来るんかい。
妻はよく上野公園で遭遇しているらしく「反吐が出る」と続けて言った。妻はすぐ切り棄てるような言い方をする。俺は反吐ほど出ないが、「群衆」という点が目障りで胸糞悪い。


そういえば、ブーイングというのがどこから発祥したか知らんけど、個人の限界を出してパフォーマンスする選手に対して、集団心理の「群衆」と書かれた隠れ蓑の中からブーブーとブタの鳴き声をするのはみっともない。最近、相撲中継でもこれをやっている。心から、反吐が出る。
ブーイングとヤジとは違う。ヤジは、「群衆」ではなく「個人」の言葉が乗っかっている。そこに愛情もあれば、本気の罵りもある。それは、文化に繋がるところがあると思う。
群衆のブーイングはヘラついた野郎がファッションでブーブー言っているようにしか見えない。
要は「群衆」で闘ってるやつより「個人」で闘ってるやつが好きだし、応援したい。


駅前のホテルにチェックインして、常滑の街を見て歩いた。
常滑焼といえば、茶色の急須や土管が有名らしい。それと招き猫も常滑焼の代表なのだろうか。
巨大な招き猫の「とこにゃん」が道沿いの法面の上から顔を出していた。


窯場が残る集落の路地の至る所に、土管や壷を整然と並べた石垣ならぬ土管垣や壷垣が、その上に佇む木造家屋を支えている。
路地の中程に団子屋があり、そこの品書きを見て「つべてぇ大福」を頼んだ。おじいちゃん店主は「つべてぇドラ焼」を出して来たので、もう一度「つべてぇ大福」下さい、といった。
正式に「つべてぇ」を付けて言い直したのには、あえて三河弁の懐かしさを口にしたいからだ。


「つべてぇ大福」を食べ歩きながらさらに路地を進むと、工房の一角に陶器の割れたものや写真、水引、鉄クズ、よくわからないものが、整然と雑然の間ぐらいで置かれている。
俺と妻はすぐに惹き込まれた。
一般的には、ゴミが放棄されてあるようにしか見えないだろうし、これをカメラで撮影していたら、少しおかしな人に映るかもしれない。
しかし重大な点は、これを置いた人の心持ちが見て取れるところにある。雑に置いてあるようだが、モノとモノの隙間、間隔が奇麗だ。つまり、このモノはここにあるべきと決めて置いている。
例えば白い画用紙に線を一筆入れる時に画家は、引く線だけを見ていない。線以外の「余白」を感じながら引く。その感覚は、あらゆる美術の根っこにあるものだと思う。
ここに置かれているものと、昼間雑居ビルで見たものを見比べると、やはりあれはゴミだったと思う。


またしばらく路地を行くと、別の工房の庭に、大きな水槽の上にロダンの考える人の像と、大きな急須がワイヤーで吊られている。その側に、横向きに倒した状態の土管が三つ、筒状の穴部分に、魚眼のガラス板を嵌め込んだ水槽がある。中で、大きな金魚が数匹涼しげに泳いでいる。
またすぐ側の壷は、側面を円形に抜き取り、そこに魚眼ガラス板を嵌めた水槽の中で、しゃれこうべの人形が、送られるポンプのリズムで口からブクブク泡を放出している。おもしろい装置だ。


18時くらいまでぶらぶらして、居酒屋で夕食をとってホテルに戻った。
部屋のテレビで、女子レスリングの予選を見ながら、いつの間にか疲れて眠り落ちた。
寝る前にカーテンの間から、窓の外の駅前ロータリーを覗くと、まだ群衆は採集を続けていた。
黒い影の群れは行くあてもなく、浅い波打ち際にいつまでも引っ掛かって、行きつ戻りつゆらゆら揺れているわかめのように思えた。
by koyamamasayoshi | 2016-08-21 01:54 | 日記

2016/8/16

8/13
南武線武蔵小杉駅下車、バスに乗り換え、川崎市民ミュージアムへ行った。
勅使河原宏監督「サマーソルジャー」、関川秀雄監督「狂宴 古都とアメリカ兵」を観る。
家に帰り、熊井啓監督「日本列島」、本田猪四郎監督「ゴジラ」を観る。
初めて初代ゴジラを観たがなかなか非道い映画だと思った。
水爆実験を非難、反対していると思ったら、最後ゴジラを滅ぼす兵器はあっさり使ってしまうんだな。
それで他の水棲生物がどうなろうがお構いなしなんだね。
それを含めてなんと人類の愚かしいことよ、の映画?
違うと思うけど。

8/14
「陽のあたる坂道」を観た。3時間以上の長時間映画。やっぱり芦川いづみは可愛い。
コンビニで宇多田ヒカルの「花束を君に」がかかっていた。
「俺この曲好きなんだよ」と妻に言うと「こういうのも聴くんだ」と意外そうだ。
今やっている連続テレビ小説の主題歌らしい。
最近ラジオでかかっていたのを聴いた。
ポピュラーミュージックで久しぶりにいいなあと素直に思った。

8/15
「東京暗黒街」というガイジンが描いた東京が舞台の映画を観た。
観たというか実際観ていない。くっだらなさすぎて途中風呂に入った。
ここ数日寝る前に「新耳袋」を読み返している。いい。

8/16
駅前コンビニの前で一人、地べたに紙製の折りたたみ盤を置いて将棋を指す、建設作業員風ニッカポッカ男をみた。
by koyamamasayoshi | 2016-08-21 00:02 | 日記

2016/8/12

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東京モノレールで浜松町駅から一駅、天王洲アイル駅下車、寺田倉庫一角の「PIGMENT」という日本画画材店へ妻と行った。
瓶詰め顔料、筆、刷毛が壁にずらりと並べられ、見た目に鮮やかに映る。
俺は多くの筆の中から、竹の繊維を細かく裂いて筆の穂にしてあるものを購入した。
妻は色々と買っているようだった。

そのすぐ側の今年の6月にオープンした、建築模型を多数展示している「建築倉庫 ARCHI-DEPOT」へ寄る。
かねがね、妻と行ってみようと話していた。
ステンレスの棚の2、3段に様々な素材で作られた建築模型が置かれている。
出口付近の建築模型は、内に照明が仕込まれていて、何の色もない白い縮尺人形が、小さな建物内で物語を演出している。
その世界にものすごく惹き込まれた。
実物大の世界に置き換えて考えると、広い建築物内に肌も髪も服も真っ白い人形が微動だにせず、一瞬の情景を永遠続けている。
この怪奇、ぞっとするほど惹き込まれる。
「サザエさん」のカツオ、ワカメが永遠小学生を演じ続けている怪奇に少し近い。カツオらはまだ繰り返される「一年」というループの内で動けるので自由度はある。
こちらは一瞬を閉じ込め、建物ごと人類を標本している。

建築家の気持ちはどこにあるのかと思う。
俺は間違いなくこのちいさな手の中に収まる宇宙をいじくり回す方に悦びを覚える。
それが「本作」にむけて自分の手に負えないほどの大きさになり、加工、組み立ても自分の手から離れたら、どこに表現者としての悦びを感じるのだろうか。
悦びという言葉では広すぎる、言い換えるなら手の中で戯れる心地よさを。

東京駅へ戻り、KITTE内のインターメディアテクへ行く。
一室は、あらゆる動物の骨ばかりが展示されている。
「骨ばかり並ぶと納涼感あるね」と妻が言った。
現在KITTE内に月末の巡業の為の土俵と幟が設置してある。

家に帰り、熊井啓監督の「地の群れ」を観た。
by koyamamasayoshi | 2016-08-12 19:48 | 日記

2016/8/10

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盆休みをとり、朝、御岳山を下りる。
急に思い立って、五日市方面から山道を下りる。
宿坊を出て日ノ出山に向かい歩き、幾つかある分岐で「つるつる温泉」と書かれた案内板の記す方向へ進む。
前方からハイカーが一人歩いてきて、谷の方に体を向けて「撃ち方用意」で立ち止まった。
直ぐに察知して足早に通り過ぎる時に、「へへ、どうも、すいやせん」とかなんとか。

俺は熊鈴を付けていたのだが、どうもやかましい。
前日、夜明け前に滝行に行った。行く道中、先達の御師さんが「眼で聞く、耳で視る」と言ったことを思い出した。
視聴器官を反対にしてみるというのは、妙に意識してしまって難しい。
感覚を開放するということなのだろうか。こう考えた方が意識しなくていい。
下界に下りる程に蝉の声が増していった。
歩みに合わせて両脇の杉の木立一本一本から蝉が前方に飛んで行く。
遠くにいる何物かに対して「不信な髭めがね侵入」と伝令が走っているようだ。

一時間ほどで五日市側に下りた。この時の感覚が妙だった。
タイムスリップしているような時代錯誤感、マヨイガに落ち入ったような不確かさ。
五日市側からしたらどん詰まりの、市内に流れて行く渓流の上流に小さな橋がある。
橋柱の上に鉄で加工した、カエルと魚とエビのオブジェが添えてある。

不思議な気持ちになった。山の魔と俗界のしのぎの中間に創作物があることの不思議なのか。
そのすぐ側に平屋があり、庭で大きなヤギが繁殖した雑草をもりもり食べていた。
だるまさんが転んだのようにしてヤギに近づき「おい」と声を掛けた。

そこから少し渓流を下るとバンガロー小屋が幾つか建ち並んでいた。
一本道の両側に杉木立が続き、陽の光を真上に受けて木立の影が道に映し出されている。
そこを縫うように渓流が蛇行している。
木漏れ日の道から川を覗くと飛び込みたいほど澄み切っている。

開館30分前に「〜生涯青春の湯〜つるつる温泉」に到着した。
福生から来ているというおじさんと開館まで話す。
平日朝イチだからか空いていた。
つるつる温泉と言うだけあり、肌触りが、とぅるんとぅるんとしていた。
湯上がり、食堂の座敷で缶ビールを飲み、休憩室で座布団を枕に寝た。

バスに乗り五日市駅に行く。
五日市線、自分の座った座席の上にリュックを載せようと、棚を見るとポーチが置いてあった。
開けてみると、タバコとお札が入っていた。……。
電車は動き出した。……。
う〜む。
終点拝島駅に着いたが、「ごめんなぁ」とポーチを持って八高線に乗り換えた。
八王子駅ホームでもう一度、ポーチを開けて確認した。
お札と洋モク、紙きれ、ミントタブレット、防犯ブザー。
防犯ブザーを手に取り上げると、ジャラっと鍵が付いてきた。
鍵!?
途端になくした人が不憫に思えて、駅員室へ駆け込んだ。
どこで見つけたのか訊かれ、
「五日市線の何両目の網棚」と答えたが、駅員は少し考えているようだった。
「お前なんで乗り換えてんの?」と心の声が聞こえるようだったが、そう訊かれたら
「盗ろうと思いました、でも思い直しました」と答えようと思っていた。


「お天道さまはみているぜ」と寅さんの声が聞こえてくるようで、もの凄く悔恨した。
滝行でも心の悪を調伏出来てない俺。情けない。
それでも最終的に盗らなくて本当に良かった。
by koyamamasayoshi | 2016-08-11 11:18 | 日記

2016/8/7

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7/24
池袋の新文芸坐へ行き「薩チャン正ちゃん」、「愛すればこそ」を観る。
二本立てで1300円。何も食べず観ていたら腹がぐうぐう鳴って仕方なかった。
山本薩夫監督と今井正監督作品の特集をやっている。
共に好きな映画監督で、山本作品では、「荷車の歌」、「にっぽん泥棒物語」が好みで、今井作品では「キクとイサム」が、今まで観た中で最も好きな映画だ。
映画館の側にミカド劇場という名のストリップ劇場がある。
寄って行きたかったが、妻と新宿で待ち合わせていたので諦めた。
新宿でタイ料理を食べた後、花園神社に寄り骨董市を覗いた。
大陸系の紙もの骨董が眼を惹く野店で、見る角度を変えると図像が動いた様に見えるシートが売っている。上半身ヌードのアジア女の図と、黄色のスポーツカーと水着美女が変わる図の二枚手に取る。
「ニコカテクレタラ、サンゼエンアルヨ」
「キン肉マン」のラーメンマン風口調が平成28年の新宿の片隅に生きていた。

世界堂に寄る。駅方面、新宿通りの歩行者天国を鳥越氏陣営が占拠し演説の準備をしている。
何故かその演説の場で、太鼓を打ち鳴らしているミュージシャンがいる。前座なのだろう。
そこへマック氏が自身の選挙カーからひとり降り立ち、その大陣営を遠くから見ていた。のを俺は見ていた。大きな風車に立ち向かうドンキホーテのように思えた。良いようにとらえ過ぎか。
新宿ツタヤに寄り、川島雄三「風船」、中村登「集金旅行」、「波」、「我が家は楽し」を借りた。


7/25
乃木坂での妻の展示を観に行った。蝉の絵がとても良かった。
女の像を低い年齢にしていった方がいいと思い、それを伝えた。妻自身も思っていたらしい。
それにはモデルが必要なのだが…。千代田線で新御茶ノ水駅に行き、中央線に乗り換えて帰った。


7/27
朝、書類を提出し、その足で新宿まで出掛ける。
電車で座っている眼の前に、母と子が立った。
女の子は俺の顔を真っ直ぐな、くりくり眼で見詰めている。
立っているのが辛そうで、「空いてないね」とお母さんに囁いている。
居たたまれなくなって席を譲る。
新宿ツタヤで、山本薩夫「にっぽん泥棒物語」、成瀬巳喜男「浮雲」、黒澤明「用心棒」、吉村公三郎「足摺岬」「襤縷の旗」、清水宏「次郎物語」、後藤俊夫「マタギ」、岡本喜八「大菩薩峠」等を借りた。
歌舞伎町靖国通り向かい「三平ストア」5Fの「レストランはやしや」で昼食をとった。
5Fトイレ横に畳が敷いてある、気になる空間があった。
いかにも田舎の村の寄合いをやりそうな公民館的スペースが、突如、新宿のビル内に存在している。紀伊国屋で山中貞雄監督の時代劇などが入った安価DVDポックスを買う。家に帰り何本か観た。
「次郎物語」の子供の動かし方、画面内の配置が秀逸、とてもいい作品だった。


7/30
下山、帰路の青梅線、羽村駅前、夏まつり会場にて、万灯型のイルミネーションが見えた。


7/31
借りていた映画を見る。
「大菩薩峠」、御岳山、御嶽神社での武芸奉納試合のシーンがある。
現在でも毎年四月末に剣道奉納試合が行なわれている。
幕末から続いているのかと思って、神職の方に尋ねると、おそらく中里介山が剣道奉納試合を見て着想したものでしょうから、そこまで歴史のあるものではないと思いますということだった。
でも映画内の御嶽神社参道のシーンは別の所で撮影しているかもしれないが、流れくる霧の様子はとても御嶽神社らしく思える。
「浮雲」は成瀬巳喜男監督の代表作らしいが、終始グズグズしている男と女の話は、俺にとっては退屈だった。そういうとこを感じる感性が俺にはないのだろうな。

都知事選に行ったついでに高尾まで歩いた。町内会の夏まつりをしている。
「太陽~の~マチィ~ハチオ~オ~ジ~」。
太陽おどりを踊るおばちゃんの浴衣に蝉がとまっている、と興奮気味に妻が言った。


8/1
夜8時、食後に、職人のDちゃんと山道を歩き、日ノ出山に行った。
真っ暗闇の山道で俺は後ろを歩いた。
前方は懐中電灯の灯りでわずかに照らされているが、俺の肩から後ろが、世界が存在しない暗黒で、真空状態の完全な無が、サワサワ追いかけてくると思うと恐ろしかった。
ずっと背中がゾクゾクしていた。30分くらいで日ノ出山に着いた。
曇り空でガスっていたが、すばらしい夜景。
山頂に着いた頃には音だけ聞こえていた打ち上げ花火は終わっていた。
帰り道、Dちゃんは谷の方で何物かの気配が通り過ぎて行ったのを一瞬感じたらしい。
本当に驚くと声も出ないと、帰った風呂場で言っていた。


8/6
朝、仕事前にリオ五輪、開会式を見た。侵略、奴隷、移民の歴史を織り込んだ、これまでの西洋的な開会式に対するアンチの切り口のセレモニーは感動した。途中、ファッションモデルが出てきて、ん?と思ったが。

18時40分、宿坊からお弁当を貰い、日ノ出山に行く。山道はかなり薄暗いが、ライトを点ける程ではない。
25分で日ノ出山山頂に着く。未だ多少明るいうちに貰ったお弁当を食べる。
着いた頃すでに、おそらく江ノ島方面、所沢方面、江戸川区方面、足立区方面から花火が上がっている。
薄曇り状態、スカーンとは見通せないがコンディションは悪くはなかった。
19時30分、立っている地点から最短の、青梅市の花火が上がりはじめた。
背後から熊鈴が聞こえる。振り返るとライトが2灯。2名の登山者が登ってきたようだ。
一人っきりで独占して見たかったので、すこし残念だった。
彼らも花火を見にきたようだ。側でカメラのセッティングと飯の準備を分担していた。
その後、川越方面、西武園方面と上がる花火は増えていき、結局12、3ヶ所から打ち上がる花火を見た。
訊くとその二人はこれから五日市方面に下山するという。
21時過ぎ、宿坊に帰る。当然、帰り道は真っ暗闇。
何度か振り返り、何物か付いてきていないか確認した。


8/7
芸大美術館で今日最終日の「観音の里の祈りとくらし展Ⅱーびわ湖・長浜のホトケたち」を妻と観に行く。
千手千足観音はかなり珍しい観音像だろう。馬頭観音もよかった。
黒田の千手観音は肉感的な姿と、しなやかな指先に包容力と洗練された美しさを感じた。
杖をついたおじいさんが、連れの孫に「おじいちゃんはこのお寺に預けられていたんだよ」と寺の写真パネルを指差して教えていた。
湖北の菅浦地区が気になった。一度行ってみたい。

日暮里、毎度のニュートーキョーで昼食。
東京駅、東京ステーションギャラリーの展示を観に行く。
「12 Rooms 12 Artists」というタイトル。
ルシアン・フロイドやデヴィット・ホックニー、ミンモパラディーノなどの巨匠の作品が展示されている。
大学浪人時代、パラディーノの画集も眺めていたけど、ホックニーの画集のドローイングは取り憑かれたように見ていたなあ。
エド・ルーシェイの作品が良かった。これでいいんだっ、と思わせてくれる力を貰った気がする。特に今後、自分の風景画作品における考え方を示して教えてもらえた気がする。


写真:日ノ出山から御嶽神社を見る
by koyamamasayoshi | 2016-08-08 01:56 | 日記


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