人住みて煙り

0時20分に新宿を出発した夜行バスは6時30分に仙台駅東口に到着した。
レンタカーを借りる予定の時間まで2、3時間あり、駅前の食堂で朝食を摂り、漫画喫茶でもうひと眠りした。9時、レンタカー屋で軽自動車を借りる。

秋田に赴任している友人のYさんの元へ夜中に着くという約束だけ交わして、あとは道道、気が向いた処へ立ち寄る。
山形県に向けて作並街道を西へ西へと車を走らせる。
作並温泉の入口の路の脇には大きなこけしが二体、道祖神のように通行人を見守っている。対向車線側に好みの古臭い土産屋があった。


天童市に入るとデカい五角形の将棋の駒のオブジェが道路脇に浮かぶ。
山寺へと車を走らせている。
市街地から山へ向かって一本の見通しの良い道が伸びている。
路の両脇は農園のようで、さくらんぼを育てているのかもしれない。
広々としたこの路はかつて茶屋や旅籠などがひしめき建ち並ぶ山寺へ続く長い参道ではなかろうかと想像した。
徐々に山が迫ってきて路が狭まり旅館や土産屋が現れる。
多くの参詣者で賑わうであろう名刹もこの冬の時期を好んでわざわざ来るものも滅多にいないだろう。
よそ者を目で追うようなしらじらとした無感情の参道らの眼差しが、通り過ぎる俺の後頭部を不思議そうに覗き込んでいるように感じる。
吹雪になりそうな寒風が吹き荒んでいる。
派手な原色の防寒着に身を包んだ海外からの観光客がぽつぽつ歩いているだけでひっそりと静まっている。

石段を登り本堂をお参りする。
参拝道を進むと、風雪で色を失った灰色の地蔵堂の中で風車や人形が鮮烈な色を発してる。その向かいにはこけしの形をしたこけし塚が立っている。
山寺の中に日枝神社が並び祀られており、お札などを扱う授与所の前には水を張った桶がある。
水みくじというもので水の中には様々な花房が浮いてる。どの様に占うものなのか気になるが、水に浮いた凍てつきそうな花々を眺めただけで立ち去った。

山岳道場へ続く石段の道を更に登っていく。
先程まで冷たい雨が降っていたので石段はてらてらと水気を残して光ってる。
やがて大きな磐磐の間を登っていく。
それらの岩肌は至るところ丸く穿かれており、悠久の時を経て創り出された自然の造形物であるが、山の中で可笑しな想像だが、とても大きなフナムシに喰われたのではないかと感じた。
そしてその大きな丸い穴がオカリナや石笛の指で抑える穴に見えてきて、磐座自体が大きな楽器になる。
でいたら坊が穴を抑えて吐く息吹きで山間の幽谷にヒューという音が響き渡る。そんな音が聞こえてきそうだ。
穴には指の代わりにいくつもの小さな石仏が納まっている。
その上、岩肌には夥しい数の仏様が縦長の五角形と共に鑿で刻み込まれている。
それは磨崖仏の様に立体的ではない。
平面的であるため、先ほど麓で見た将棋の駒の形と重なる。

奪衣婆を祀った姥堂が石段の中頃にある。
苔と落ち葉を被り、そこから雑草が生えたお堂の屋根が、奪衣婆のぼさぼさ頭のようだ。
お堂の柱と壁に貼られた千社札が、隙間や空間を埋めなければいけない強迫観念に襲われたアウトサイダーアートのように張り込めてある。
その上にも傷口を覆う絆創膏のように次々と層を成し、剥がれている上にまた積層しているそのマチエールは奪衣婆の襤褸そのものだ。異様で凄みのあるお堂だ。

豪壮な山門を潜り抜ける。庇の下の斗は外側に向けてにょっきりと天狗の鼻のように伸びている。
石段を登りきった先の奥之院と大仏殿は厚い戸に閉じられていた。
案内を読むと大仏殿には全長5mの阿弥陀如来座像が安置してあるという事だった。
5mの座像とはかなりの大きい。拝んでみたかった。

谷間の山の小さな参道を行くと、磐座の上に開山堂と五大堂が磐座に抱きかかえられるように並んで立っている。
世俗と現世から隔絶したこの行場を観るにつけ、僧侶や行者たちの修行の厳しさを感じることよりも、命ぎりぎりサバイバルの愉悦、秘密基地を持つ悪童らの稚気を感じる。
開山堂から深い谷を隔てた向かいの岩壁には投入堂のごとき粗末なお堂が点々とへばりついている。
ストイックな精神からは、半分ひとで無くなっている神懸かりの凄みを感じるが、半面、どうかしてると思うおかしみが含まれている。
その部分こそが、美術や芸術に相通じていると俺は思い大変興味深い。


下山して、参道の蕎麦屋「ふもと屋」に入る。
広々とした店内には50名ほどの食事が用意されていた。
テーブル席はその御膳で全て埋まっていたので一人、座敷に案内されて山寺名物というゲソ天蕎麦を注文した。
サクサクの上品な衣に包まれた柔らかいゲソは、名物に相応しく美味しかった。
隣の土産屋でYさんに地酒の手土産を買っているところ、入れ違いに観光バスがふもと屋に入っていった。


激しい風雨の中、羽黒山に向かった。
尾花沢、新庄に入ると道の両脇は雪が深く積もっていて白と鈍色の風景が流れていく。
やがて最上川の流れに並行する。
広い川幅の緩やかな流れの大河の美しさに見とれて、水墨画の大きな構造の絵の中を走っているような錯覚を覚える。
その中にふいに朝鮮風の建造物が見えてくる。
戸沢という街道沿い集落でその建物は道の駅だった。

高麗館と看板が掲げられた建物、物産館、トイレ、その全てが同じ趣きを見せている。
鈍色の屋根瓦、白い漆喰の壁、柱や軒などの直線的な部材は若干褪色したような臙脂色、窓の周辺に控えめな浅葱色。
何故ここにこうした建物が建っているのか由来はわからないが、無味無臭な白灰の世界に似合っている。

最上川沿いにはドライブインが気が付いただけでも3、4軒あった。
そのどれもが時代に置き去りにされた顔をしていて、たまらず「お前もか」と声を掛けたくなる。
白糸の滝の傍にはケバい化粧をした80年代の女の顔をしたドライブインがいて、通り過ぎる数秒間釘付けになった。

清川という集落から平坦な道を南に車を走らせて、くねくねとした山道を登った先の羽黒山有料道へ入る。
15時ごろ羽黒山駐車場に着く。
夕暮れの山上には売店の店仕舞いを始めている店の女性以外誰一人としていない。
参道の一つは雪で埋もれていたので、その女性に訊いたもう一つの除雪している参道を歩く。

出羽三山歴史博物館の堂々とした姿が遠くからでも見えてくる。
コンクリート造りの大きな建物で、屋根の形が、八の字の二画目の払いがやたら長い八をしている。
休館中のようだがさっきから建物の裏から木に鑿を奮うような作業音が聞こえる。
参道を歩き続けると次第に分社、末社が右手に見えてくる。
普段見かけるような分社末社のサイズよりもはるかに大きく、村々で祀っている社の本殿のように大きい。これが8柱くらい整然と並んでいる。
この分社末社の姿を見て、信者の出羽三山への篤い信仰心を感じ取ることができる。


茅葺き屋根の大きな梵鐘楼の先に出羽三山の神社を合祀した途方もなく大きな社殿が見える。
この社殿も茅葺き屋根だが厚みが2mも有る。このような形状の社殿を見るのは始めてだ。
屋根から下は三つ巴の紋の入った雪囲いの防雪シートがぐるりと張り巡らせてあり、その姿はあたかも雪山に白い外套を羽織り、ぶ厚い笠を被っている赤鬼のようだ。

雪を踏み分けて近づき、拝殿正面を仰ぎ見ると中央に月山神社、右に出羽神社、左に湯殿山神社の扁額が掲げられている。
両側の海老虹梁の上には、真っ黒な肌の仁王像が金色の目を爛々と光らせて、下にいる者に対して睨みを利かせている。艶は失っているものの総漆塗りだ。
獅子や龍などの彫り物は日光東照宮のように、目や牙、爪は金箔を押され、それ以外の部分は胡粉の白色が眩ゆく光る。
拝殿に上がろうと戸に手を掛けたが2cmほどずれただけで錠が掛かっている。
隙間から中を覗くと禰宜さんが御勤めを終えて退室していく白袴の姿が見えた。

梵鐘楼を回って社務所へ行くと、この参集殿という建物から拝殿にお参り出来ると巫女さんに教えてもらい、赤絨毯の廊下と階段を上がり、三山神社に入る。
内陣はとても広々とし天井も高い。
静寂の中にビキビキと緊張感が漲り張り詰めている。
拝殿中央へ静々と歩み寄り、正座をして拝礼する。
その最中、猛烈な山の風が拝殿の唐戸にぶち当たり、どおうんという大きな音を立てる。
神々に見守られた社殿の中ではこの物騒な戸を叩く音がむしろ心地良い音に聞こえる。
授与所に戻り、大黒天と牛の絵の版の護符を求め受け取る。

時刻は16時近くだ。歩いて40分の杉並木の道の先に国宝の五重塔があるというが、すでに薄暗く雪道を迷ってしまうことをおそれ、諦めて駐車場に引き返す。
雪にすっぽり覆われた五重塔と一人対峙出来たらどんなに良かっただろうと後ろ髪引かれながら有料道路を下り鶴岡へと向かう。


羽黒山を降りて直ぐの道の脇にパーキングスペースがあり、自動販売機が8台小屋掛けのテントに収まって並んでいる。
こういうどうでもいいロードサイドの光景が俺にとっては堪らなく好きだ。
もしエドワードホッパーが日本に生まれていたならば、こういう風景を描いたに違いないと思ってしまう。


鶴岡から酒田へ。秋田街道を北へ北へと走る。
ここから日本海沿岸に沿う道になり、風景を楽しみにしていたが、もはやヘッドライトの先しか見えない暗がりで、山形県の名峰鳥海山も見えない。
秋田県に入り、仁賀保、象潟でもいい風景に出会えたはずだがまた別の機会に訪れたい。
本荘から岩城までバイパスに乗る。猛烈な日本海からの横風に小さな軽自動車が揺さぶられる。

羽黒山から2時間半ひたすらに走り続けて秋田市内の美術大学に到着した。
寒風はいっそう吹き荒れ狂い、大きな松の老木を踊れ踊れと虐め抜いていた。
駐車場の車の中でただその様子をじっと見て待っているうちに軽トラックに乗ったYさんが現れた。
立ち話すらままならない寒さで、そのまま軽トラに先導してもらいYさんの家へ向かう。
今年の4月から東京から単身赴任して美術大学で教鞭を執っている。
お互い腹を空かせていたので、家で落ち着く間も無く繁華街へ出掛けた。

秋田駅東口には住宅地と広大な駐車場があるばかりで闇の割合が高い。
チューブ状の跨線橋を通り西口へと向かう。跨線橋には雨漏りを受けるポリバケツが点々と繋がっていた。
チューブの跨線橋からは殺風景な駅のホームがいく筋か薄明かりのライトに照らされているのが見下ろせる。
そして時折、ポと短い汽笛を鳴らした列車か貨物車が走り出していく。
ああこれぞまさしく北国の駅、北国の音だ。

駅のコンコースを通り抜け西口に出ると東口とは対照的に大きな建物の商業施設が立ち並んでいる。
県庁所在地としては歩く人はまばらだ。でもこのまばらな人の少なさが俺にはむしろ好意的に感じられる。
全国どこもかしこも大きな都市が当たり障りがない立川のようになってしまっては土地土地の情緒も何もなくつまらない。

Yさんの勧めで、「からす森」という大衆酒場に入る。
店内は外の閑散と打って変わって活気に満ちて賑やかだ。
店の中央に口の字型のカウンター、その中を店員が立ち回っている。
壁際に4人掛けのテーブルがぐるりと並び、全席ほぼ埋まっていて楽しい酒を飲んでいる。
ビール、熱燗、ハタハタ、しょっつる鍋、串盛りを頼み、漏れ聞こえる秋田の言葉に耳を傾け、Yさんとの再会に杯を傾けた。

2時間ほどして店を出て、スナックのさまざまな文字体の素晴らしい看板を見つけては撮影しながら別の酒場を探し歩く。
繁華街の吹き溜まりの先、闇が幾重にも折り重なるどん付きに心を鷲掴みにされる文字が蛍光灯の灯りを背後に浮かんでいる。
「樺太!?」
先にその文字を見つけたYさんがまさかという調子でいう。
おそらくその響きを聞いた時点で催眠術が掛かってしまった。

おずおずと引き寄せられるように近づく二人の見た店名は「樺太」ではなく「権太」だった。
しかしもはやこの引力に逆らうことができず、引きずりこまれるように暖簾をくぐった。

高齢の女将がカウンター越しに一人煙草を燻らしながらテレビを見ている。
我々に気付いた女将の優しい笑顔が迎え入れてくれた。
つきだしに濃厚なあん肝を出してくれた。小さな居酒屋。
始めて来店したが昔から知っているような気さくさと居心地の良さがある。
カウンターの中では石油ストーブの赤々とした明かりが外の寒さを懐かしいものにさせてくれる。
色白の美しい女将が語る秋田の言葉、政治の話などに耳を傾けながら、優しくお酌してくれるお酒を大事に舐めた。
半世紀、この居酒屋を守り続け、秋田の華やかな時代も寂しい時代もカウンターの先からお客を見て来た女将の言葉には生き抜く力強さと教養を感じる。

50年の1日に加えていただき有難うございますと言うと、こちらこそと笑って応えてくれた。


一層人の気配のなくなった駅を通り抜け、Yさんの家へ帰って1時ごろまで呑む。
東北の旅が始まった。



by koyamamasayoshi | 2019-12-23 00:39 | 日記


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