ねずみ色の食堂

2012年秋、新潟県の芸術祭に作品制作スタッフとしてほんの一瞬関わり、作品撤収の前日に十日町入りした。「お前が好みそうだ」と作者の小沢さんに紹介して貰い、むかで屋という古臭い旅館にチェックインした。確かに好みだった気がするし、エントランスはなかなか最高だった気がする。


駅周辺の商店街を散策した。荒物屋で細工物を買いつつ商店街の端まで歩き展示会場の一つになっていた里山現代美術館キナーレに着いた。一階の回廊中央のクリスチャン・ボルタンスキーの巨大作品の解体中であった。解体が進み、作品からただの山積物になりつつあるその物体の背景に夕暮の茜空をカラスが十数羽飛んでいた。

なんだか複雑な思いを抱えて宿へと帰る途中一軒の食堂に入った。古臭い食堂だった。

ねずみ色の土間に簡素なテーブルとイスが並びカウンターの奥に厨房がある。

先客のお爺さんが一人居るのみで店内のテレビには笑点が点いていた気がする。ラーメンとビールを頼んで、テーブルに置いてあったスポーツ新聞を見るともなく眺めた。

内装やラーメンの味などの詳細は朧にしか思い出せないが、どうってことない普通の薄汚い食堂にとにかく沁みたという記憶だけが残っている。


2018年夏、再び芸術祭に参加することになり作業の合間にあの食堂を探した。

どこにあったか大体把握していたので行ってみたが、どこも昔からあるような飲食店ばかりが建ち並び見当たらなかった。地元の方にもその食堂のことを訊ねてみたが誰も知らないようだった。

2011年から2014年まで付けていた別のブログの日記を見返せば確かなことがわかるはずだが、それも消滅してしまい今はもう頭の中の染みとしてうっすら残っているに過ぎないが、この食堂が度々頭に浮かんでくる。


そう、ねずみ色した土間の(土間であっているのか?三和土?床?いや床ではおかしい気がする)食堂の記憶をなぜか幾つか抱えている。



信州を3、4日旅した時の、松本駅から北東にある四柱神社の近くにあった食堂を思い出すことがある。◯◯◯食堂と三文字の店名だと思う。それとカタカナで少しポップな印象がある。アトム食堂、コアラ食堂、ワカメ食堂、、、思い出せない。


静止画の様に時が止まっているような外観に、入店しようかどうか躊躇う。建物だけ切り取られたか、張り付いているのか、、、とにかく、ああ「染み」だと直感する食堂だった。

ねずみ色の土間にテーブルとイスが並んでいる。十日町の食堂と決定的に違う点は、白ボケしている薄汚さだ。

それは映画の美術のセットでレトロ風に汚しを入れる場合の漂白した感じの白ボケに似ている。

まさにその食堂に入ってはじめの印象は映画のセットみたいだなと思った。

そして今ではその内観のイメージは「男はつらいよ奮闘編」の、寅さんと花子が出会うラーメン屋の内観と直結してしまっている。

そこでもシンプルな醤油ラーメンを食べたがやはり味の記憶はない。



妙高駅駅前にそば屋が並んで2軒ある。

大学の大学院に在籍している時、夏の一ヶ月赤倉温泉で滞在制作をした。担当教授の大西先生とはじめて駅に降り立った時、その2軒の右側のそば屋に入って食事をした。

そのそば屋は普通のしっかりした、まともなそば屋だった。

食事をしながら大西さんは「俺は隣のそば屋の方が好きだ」と言った。


その後、滞在期間中か撤収する日か忘れたが、左のそば屋に大西さんと入った。ねずみ色はねずみ色だがもっともダークネスなねずみ色の内観をしていたように思う。共に海老天そばを注文した。

テーブルに届いた海老天そばを食べながら「この詐欺みたいな海老の天ぷらがいいんだよなあ」と小声で文句をいいながら不味そうに大西さんは笑った。

そばの上に乗った海老の天ぷらは大きいが厚い衣を剥ぐとちんまりとした小エビの正体が隠れている。


そこに何を食べに行くというよりも、そこの空気の中に居る。それを選ぶ人なんだなあと思い共感した。



数年前から毎年、妙高の夏の芸術学校という短期のカルチャースクールに妻が講師として参加しており、昨日真赤に日に焼けて帰って来た。ちょうどあのそば屋の事を思っていたので話を振ってみた。てっきり知らないものと思っていたが、「なくなっていたよ」と素っ気なく答えた。知ってたの?と訊くと「帰りのバスでそこを通りかかった時に同乗している他の講師の人たちが、無くなったんだねって話題にしてた」からだという。



たった一回しか入っていない、特別強烈な印象や想い出があるというわけではないのに、

ねずみ色の土間の食堂がいつ迄も記憶に残っているのはただの懐古趣味だけではないし、グルメとはほど遠い。そもそも味の記憶がない。


やはりそれはそこの空気の中に居たいということなのか。

あるいは貧しさや侘しさと同席して飯を食うことで原点を見つめ直す仕草なのか。


by koyamamasayoshi | 2019-07-30 17:00 | 日記


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