妻有鷲眼記⑸ 眠る建物

非常口の厚い扉を開くと、舞台袖から栗色のステージが仮設に引いた蛍光灯の灯りを受けて輝いているのが見える。

靴音をホールに響かせながら舞台中央まで歩くと、真紅のシートに白い背もたれカバーを掛けた座席が舞台上のこちらを静かに見上げている光景が目の前に広がる。

座席は最前列から後方にむけて一段ずつ上がっていき最後列の座席は舞台上の目の高さと同じくらいになっている。

その後ろには表面が畝のように波打つ立体的な革張りの観音開きの客用扉が2ヶ所ある。

ホール左右の上方には無機質なコンクリート壁のトーチカのような四角い穴から照明ライトが舞台に向けて照準をあわせて狙っている。

客用出入口の上方にもトーチカのような四角い暗い窓があるがそこは指令・調整室だ。

高いホールの天井は階段状の座席に対応するように、段々状の構造になっている。木合板で覆われたその構造は、アナログな宇宙戦艦の船体を想わせ、客席が並ぶ器の上にカポっと着陸しているようだ。天井の空気孔の丸い穴も宇宙船の丸窓に見えてくる。

舞台の上方にはバトンが舞台袖のロープに繋がって浮いている。

どのロープがどのバトンに対応しているのか分からないほどいくつも浮かんでいる。

袖には赤と黒の長い舞台幕が、暗い天井から滝のように上から下へぶら下がっている。

舞台の隅にはプラスチックのバケツが5つも6つも並んで置いてあり、上空でビニールシートが受けている雨漏りの水滴を引き受けている。




6月上旬、老朽化により昨年閉館したこの市民会館のホール、舞台の上で作品制作をさせてもらうことになった。

コンサートホールの構造であるため、外の光は遮り、中の音を漏らすこともない、この上なく絶好な制作環境だ。

役場の担当者と芸術祭制作スタッフしか使用していることを知らないこの場所は、街にありながらひとの寄りつかない鍾乳洞のように静寂の中に沈んでいる。

一枚扉を隔てた外と内は場所も時間も地続きに思えない。そんな異空間へと通じる扉の先の大きな洞穴の中で、修行僧のように密やかに自分と作品と向き合い、孤絶と向き合い制作にとりかかっていた。




工具、作業台、作品資材、杉の皮、それに市民会館入口に置いてある大きな革のソファーとテーブルを運び込むと舞台の上は途端にモノで埋まった。


舞台、上手前方にソファーやテーブルなどをオフィスらしく配置し、上手後方には工具を使用しやすいように並べた。

その手前の工具が届きやすい位置に桜の木の大きな作業台を置いた。

舞台中央に5月下旬まで進めていた作品を再び組み上げていく。

下手前方は金物作業のスペースで、下手後方の壁には杉の大木からペロンと剥いた杉皮を重ねて立てかけている。


この建物の中で作品展示する訳ではないにもかかわらず、わざわざ舞台下に降り最後列まで走って行って舞台セットのように客席から見える位置を何度も確認し配置し直した。

舞台の上で制作するという滅多にない特殊な情況下で、嫌でも舞台下に広がる528席の客席が目に入る。

このすべての席に埋まった目に見えないお客さんを想像し、その視線を意識しながら制作したい気分になったのだ。

そのため舞台の一番手前には「作業中」の看板を、演目台のように置いてみたりしていた。

制作の作業内容によって舞台上のレイアウトはその都度変わった。




ここへ作業場を移してから3日たった頃、作業場の厚い扉の外から笛の音が聞こえてきた。

笛の練習をするお爺さんがやって来るかもしれないと役場の担当者が事前に言っていたことを思い出して、このことかと理解した。

話し掛けてみようと思い、扉の取っ手に手を掛けようとすると、ガコンと先に扉が開き、扉の間からお爺さんが顔を出した。

不意に顔を出したので俺はあたふたしながらもこの建物の中で作品制作している旨を説明した。

お爺さんは毎日この旧市民会館の非常口の表で笛の練習をしているが2、3日前からひとが出入りしているのが気になっていたらしい。そこで今日は扉のノブを回したら開いたのでお爺さんもビックリしたようだ。


中へ招き入れ、ソファーに座ってもらい、お茶を淹れ、土地のことを尋ねた。

昔と今の街の様子、むかしお爺さんが働いていた仕事のこと、笛のこと、この市民会館のこと。

お爺さんは、お能の笛を吹いており、かつてこの市民会館の舞台に上がって吹いたことがあると言って懐かしんだ。

ひとつ吹いて欲しいとリクエストすると、ものが溢れている舞台の中央に正座して誰もいない客席に向かって吹き始めた。


俺は笛のことはまったく無知で良し悪しなどわからない。ただ目を瞑り静かに聴き入る。

お爺さんが吹き始めて直ぐに笛の音に続く反響音が不思議なことに気が付いた。

笛の乾いた音の後にビビビビンビビビビンと弦を弾くような音がホール中に響いているのだ。

笛と口との微妙な接点でこの弦を弾くようなノイズ音がしているのかとも思ったが、やはり建物が笛の音に呼応するように発しているようだった。


吹き終えたお爺さんに何故このような弦を弾く音がするのか尋ねてみたが

「私にはそういった音は聴こえないが、それはあんたさんの感性がいいということでしょう」と期せずして褒められたが、その原因はわからなかった。



今年、冬が来る前にこの旧市民会館は取り壊されることが決まっている。

アスファルトがところどころ捲れてひび割れだらけの広い駐車場を挟んで、スキージャンプの滑走台のような屋根のある体育館が隣にある。

お爺さんの話では駐車場、体育館、この旧市民会館をまとめた広大な更地跡に屋内児童公園施設が出来るらしい。

ここの住所は学校町といい、かつてお爺さんが通った小学校があり、すこし坂道を登った先の丘の上に現在の小学校がある。

お爺さんが小学校の時というから60年くらい前の話だろうか。丘の上へ小学校が引っ越す時に、教室の自分の机を持ってみんなして坂道を登ったと懐かしそうに話した。

丘の下から坂道を登下校する子どもたちの列を朝夕見かける。

屋内児童公園施設が出来れば、下校の途中にそこに寄って陽が暮れるまで遊べることだろう。



冬前に姿を消す、このほとんど「死に体」の市民会館の外の駐車場は白昼の死角で、運送屋やサラリーマンたちがやって来て車の中でサボっている。

夏場の殺人的な陽射しを避けて、体育館の裏と市民会館の非常口付近に出来た日影に車を突っ込んで車内で寝ている。

夕方になると駐車場のいつもの場所にキャンピングカーのようなマイクロバスがやって来る。車の後方にはおそらく寝具を備えていると思われ、朝になるとどこかに出勤して行くようだ。


死に体だからこそポッカリと出来たこの街のオアシスに、安息を求めてそれぞれの人生が交錯している。

笛のお爺さんもその中のひとりだろう。



舞台の上の作業場の唯一の欠点は水場が無いことだった。そのためトイレをどこでするかが一大事だった。

隣の体育館の鍵も借りていたので、体育館まで走って行って、トイレを使っていたが、大体その前にホームセンターやコンビニなど外に出たついでに済ませるという習慣が次第に身についてきた。

トイレ以外では、手や筆を洗ったり、自炊したりする水は、宿舎で汲んだポリタンクの水で対応した。

ある日、非常口付近に並べて置いているポリタンクに上に白っぽい粉が広範囲にふりかかっていることに気が付いた。

埃にしては白い、なんだろうと頭上を見上げるとコンクリートの壁の縁がボロボロに脆く崩れている。



この白い粉のような壁の砂が、モロモロと静かに、しかし休むこと無くさらさらと落ち続け、やがて大きな砂の山が出来たと同時にこの建物は死ぬだろうなと想像した。

それは大きな砂時計を想わせた。

俺はその砂時計の中に入り込んで、建物の死のカウントダウンの砂をパラパラと頭に受けながら作品制作を続けているように感じた。




市民会館で制作をはじめてから3週間、お爺さんは毎日作業場にやって来た。


3週間目に意を決して「すみませんが少し遠慮してもらえますか」と告げた。

あっさり「はい」と一言いいお爺さんは帰っていった。

不人情と思われようと構わない。

お爺さんの居場所を奪いさったようで申し訳ないが、とにかくお茶を啜って談笑し笛の音の良し悪しを聴いていられる程の悠長な時間と心のゆとりが全くなくなってしまった。

作品納期に追われ作業は熾烈を極め、些細なことでも煩わしく感じたのだ。


その後、非常口の扉の外で笛の音が聴こえる日もあったが、もはや構っていられなかった。





目まぐるしい作業と孤独の中で自分でも気付く程、独り言が酷くなり、アホだ馬鹿だメンドクセーと罵詈雑言をホール中に発しつつも、7月下旬何とか作品を間に合わすことが出来た。

いつ迷い込んだのかホール天井から聞こえていたスズメの鳴き声も気付かないうちに聞かなくなり飛び去って行ったようだ。

白い砂は相変わらず舞台のあちこちで粉雪みたいに降っている。

使わない工具などは雪を被ったように覆われた。





9月中旬、作業場の片付けをしているところへお爺さんがやって来た。

ソファーに座ってもらい、お茶を淹れ、お話をした。

お爺さんは、十日町へ来た記念にこれを差し上げますといい茶封筒を差し出した。封筒の中身は、ティッシュに包まった蓮の種と、種の説明を書いた紙切れが入っていた。

「大賀ハスといって、偉い先生が発見したうんと昔の蓮の種です。」

「ありがとうございます。何処かに植えてみます。」

俺は心から感謝の気持ちを伝えた。


「最期に吹かせてもらおうかな」

そう言ってお爺さんは舞台の中央に正座して息を整えた。

俺はお爺さんの姿をじっと見ながら笛の音を聴いた。


ホール中を反響したあのビビビビンという弦の音はしなかった。

ああ、ホールが反応しなくなったのだと悟り、笛の音は安らかに眠りにつく建物の鎮魂歌となったと感じた。





十日町を去る日。

掃除が終わり何もないステージの中央に立ち、

「お世話になりました」と客席とホールに向かって頭を下げた。

半年近い滞在生活で忘れ難い記憶はこの旧市民会館の日々だった。

あとのすべては淡い記憶だ。



表に出て、重い扉を閉めるとガコンという音がホールの闇の中に吸い込まれていった。



by koyamamasayoshi | 2018-10-08 03:59 | 日記


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