能登曇天色



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昨年の正月に、荒れた日本海と雪そぼ降る静かな冬籠りの奥能登をひとり旅をした。その後芸術祭の滞在制作と作品撤収を越えて春夏秋冬のいろいろな表情を垣間見て奥能登を堪能した。
奥能登珠洲の印象を在所の方やインタビューで訊かれる時に、冬の印象が最も強烈だと話した。色はグレーの景色だ。そう答えた時の反応はいずれも同じで「なんで?」という微妙な顔をされる。秋の祭りが最も華やかなところで冬なんて良いところを探す方が難しいというような反応だ。当然そこに住み続けている人からすれば、わざわざ冬の荒れた日本海を見に来ましたなんていえばどうかしているとしか思わないだろう。しかし秋の祭りの強烈な原動力はこの冬籠りの重くのしかかってなかなか剥がれないグレーの空と無慈悲に打ち寄せる轟々とうねる日本海にあると思う。
おれは夏頃から作品制作を手伝ってくれた妻にその風景を見せてあげたいと思っていた。



2/3 晴時々雨雪

朝9時金沢駅西口で車を借りて昨年正月に始めて来た時の旅程で奥能登へ向かった。数日前からカーステレオでかける曲を選んでいた妻はさっそく北陸能登に似合うクラシック音楽をかけ始めた。
気多大社へお礼参りに初詣する。大陸から流れ着いた種が大きなご神木に育ったダブの木が社殿脇に在り能登は古代からいろんなものが流れ着いたのだと想像出来る。


気多大社から北上し福浦漁港へむかう途中にある魅力的なドライヴインのことを気にしていた。喫茶店ピノキオを過ぎたらすぐにそのドライヴインに再会する。正確な名前は「オートレストラン&ゲーム 来人(らいと)」だった。
外観をひとしきり撮影し入店すると堪らない情景が広がっていた。だれもいない店内にスロットマシーンと麻雀ゲームの筺体が数台(おそらく脱衣麻雀)が細長い店内の両壁際に並び、入り口と中央にぬいぐるみを捕まえるクレーンゲーム機が在る。入り口から一番遠い店内角にベルベットのソファーとテーブルがありテーブルの上には日付は見なかったがスポーツ紙が無造作に置かれている。ゲームコーナーの反対側には同じくらいの広さのカラオケスナックがあるようだが扉が閉ざされていて顔を近づけて覗き込むと赤いカーテン越しの光に満たされた空間が見えた。
車に戻り立ち去る頃に店員らしき女性がやって来て来人に入っていった。その女性もこの来人に似合いの人だった。道々には妻の好みの屋根の傾斜の強い山小屋風の建物があらわれ、何度も車を停めて写真撮影をした。


志賀原発の先に福浦漁港という古い家々が港を囲うような雰囲気のいい小さな漁港がありそこに立ち寄る。北前船が盛んであった当時は風待ち港として大変賑やかだったようで腰巻き地蔵という俗信が流行ったところである。福浦旧灯台にカーナビを合わせて行くが、昨年もそうだったが目的地に着いても見当たらない。ちょうど海苔を干す作業をしていたご夫婦に灯台の場所を訊くことが出来た。漁協の建物の脇の坂を登ってしばらく行った先に木造の旧灯台が見えて来る。近代的な灯台に比べて心もとない旧灯台は役目を終えて今はただ海を眺めるのみだ。


ここからどう珠洲に行くか。昨年はここから能登島方面に抜けてギザギザの海沿いの内浦の道を左回りに珠洲へ向かった。それとも輪島方面に外浦を右回りに行くか。妻に訊くと外浦が見たいと言うのでそうした。
まもなく正午近く巌門の食堂で昼食にする。二人とも注文した巌門ラーメンは伸びきっていた。
能登金剛センターの土産売店の先は、能登金剛遊歩道洞窟巡りに降りて行く階段になっている。防寒帽ネックウォーマーで顔面を固めて怒濤の波の傍まで降りる。波で穿かれた巌の間から白波が近くまでやって来る。水平に平たく穿かれた洞窟の先に胎内巡りのような上に伸びる洞窟が続く。洞窟を出た先のお土産屋で能登金剛とプリントされた古臭いペナントを買った。


松本清張「ゼロの焦点」の舞台のヤセの断崖が少し先をゆくとある。強風吹きすさぶさびしい断崖には誰もいない。寒さに耐えきれず見たという任務を終えたのですぐに車にもどる。そこからしばらく海沿いの道から離れて少し内陸がわに車を走らせ輪島に向かう。そこから少し海沿いを西にもどり大尖岩に立ち寄る。ここは好きなところで日本海の大きなうねりの荒海を眼下に感じられる。


珠洲への道に戻り千枚田のポケットパークに立ち寄ってから、珠洲市内に入り、日が暮れ始めるころに長橋のゲストハウスにチェックインする。昨年始めて来た時にここへ泊まり、夜ネコが寝床にやって来て一緒に寝たことが忘れられなかった。玄関脇のねこちぐらの傍でダンボールに入って遊んでいるシロクロ猫が居た。こっちを見てひとつ啼いた。女将さんが「これは部屋に行くかも知れませんよ」と言った。
俺たちは願っても無いことだった。


夕食は町へ出て外食しようと思って峠道を走っているところ、地元製材所のSさんから電話が入り「うちで夜食べればいいじゃないですか」とお誘いを受けたのでお言葉に甘えることにする。手土産を宿に置いて来ているので、手ぶらで向かうが仕方ない。
Sさん宅へむかう途中の雪で真白の田んぼにハクチョウが群れなして飛んでいる。ふるさと音百選にありそうな「コーコー」という鳴き声をさせて広大な雪田の上を飛行している。
Sさん宅に上がらせていただき、Sさん、親父さん、お母さんと3ヶ月ぶりに再会する。芸術祭撤収の2週間Sさん宅に居候させていただいていたので我が家に帰って来たような安堵感懐かしさを覚えた。突然の訪問にもかかわらず蟹とタラの粗汁とお餅をご馳走させていただいた。Sさんたちは夕食前のようなので、長居しては悪いと思いひとしきりお話ししたところでご無礼した。


宿に戻ると一階の広間では宴会をされていた。俺は2階の客室で、昨年の芸術祭オープニングのイベントの映像を編集しDVDにする作業を進めなければならない。そのDVDを関係者の方にお渡しすることを今回の旅の目的の一つにしていた。昨夜金沢のビジネスホテルでも進めていたが見落としのクリップデータが見つかり、一からやり直さなければならない。その他にもいろいろと仕事を持ち込んで来ているのでゆったり開放した気持には完全にはなれない。
夜遅くまで宴会は続き賑やかな声が下から聞こえていた。日付が変わるころ、ひとり懐中電灯を持って、にゃんこを探しに行くが宿のどこにも見当たらなかった。今日は部屋にやって来ないかもしれない。3時ころまで部屋で作業を進めた。


2/4 雪
10時起床、宿の朝食後垂水に滝へ行く。波は高いが波の花は立っていない。薄緑色した石がいくつも転がっており、妻は、「砕いたら良い色でるかなあ」と数個拾って持って帰るつもりらしい。
おれは波が引く時に海岸の石も引かれ一斉にゴロゴロゴロと立てる音を録音した。
狼煙方面へ車を走らせる。大谷、赤岩を越えると馬牒の高いうねりのある波が集落に向かって押し寄せている。にわかに山から雪が吹き下ろしてきて波のピークの白い部分が押し戻され吹き上がっている。この波を妻に見せたかったのだ。車から降りて吹雪く中カメラをむけると先ほどまで見せていた姿を隠してしまった。なぜかこの旅の最後までこういったことが続いた。森達也氏の著書「オカルト」を思い出していた。精霊、心霊、超能力、などは見るものが意識してしまうとなぜか現れない。意識を向けないと自由気ままに踊りだす。やはり波の一つ一つ、はたまた沖で吹いている風も意識してカメラを向けると機嫌を損ねてしまうのだろうか。


狼煙に着き、昨夏散々立ち寄ったドライヴイン狼煙に入り昼食にする。店の女将は「まあ、大変な時に来たねえ」と呆れ顔と笑顔が混じりあった表情で迎え入れてくれた。店内右手の柔らかいソファーのある渋い好みのテーブル席は封鎖され干した海苔たちに独占されていた。食後禄剛崎灯台へ歩いてのぼり、雪の色と同化した美しい白い突起に向かってご苦労さまとこころで思う。山伏山を越え寺家に入り、須須神社にお礼参りの初詣をする。参道の雪は綺麗に取り除かれ清浄の神域に足を踏み入れたと容易に思わせる。参道途中に大木が根元から横倒しに折れ、折れた裂け目に雪が降り積もっていた。それでもなお力強い生き生きとした生命力を失っていなかった。


なお深々と降り積もる雪の中車を走らせ、芸術祭で作品展示した粟津の地へ着いた。
青年団団長のHさん宅を訪ね、お土産を渡し家に上がらせてもらった。こたつにあたりながら、最近開催されたサーフィン大会の話を聞いた。大会当日はいい波の条件ではなかったが、テントを出してユニットバスのような浴槽にお湯を張って参加者に浸かってもらったという。そして海岸に演歌を流しそれらのもてなしは参加者に好評だったという。昨秋の粟津の祭りの集合写真を渡したいと連絡を受けていたので受け取った。
すぐ隣のK自動車さんへ訪ねる。外のガラス扉から事務所内を覗くとストーブにあたりながら腕を組み居眠りしているKさんが見えた。ガラガラと扉を開け「お久しぶりです」と話しかけると点の表情になり、それが次第に点と点が結ばれたように「大変な時にきたねや」と表情を崩された。
寝ていた顔の筋肉をほぐしながら「おらあ夢かと思った」と改めて驚かれた。
それだけ誰も来ない冬なのかもしれない。
お茶を淹れていただきストーブにあたりながらお話しさせていただいた。慣れない雪道の運転はくれぐれも気をつけなと自動車整備所の社長の忠告を重く受け止めた。


ずっと恒久的に設置することは叶わないとは思いつつも、せめて雪に埋もれたあの船の姿を見てはみたかった。何もない雪だけがうず高く堆積した海岸に作品の姿を頭で重ね合わせ想像するしかなかった。その先の雪降る海の中では黒粒のように見えるウェットスーツを着たサーファーが数人、波と戯れていた。


鉢ヶ崎の元気の湯という銭湯へ行く。ここは昨年の滞在中何度か汗を流しに来ていた。現在タオル付きで700円で入れるが、少し前までは1400円だったらしく地元の人から敬遠され、700円になった今でもあまり混雑している状況を見たことがない。
だからこそゆったりお湯に浸かれる元気の湯は好きでたまに入りに来ていた。冷え切った体をいたわりのんびり湯に浸かりながら露天風呂のある中庭に降り続ける雪を眺めた。
今日は比較的地元の人も多く来ているようだ。風呂上がり体を拭きながら地元の老人たちの話に耳を傾ける。老人のひとりが別の老人に向かってあの若い衆はどうだと訊くと聞かれた老人は「35歳なんかと話し合うわけねえ。オラから云わせればザリガニみてえなもんだな」と名言がポロリと転がり出て、おれは頭を拭くタオルの中で笑ってしまった。


16時半、Tチャン宅に夕食のご招待を受けお家に上がらせてもらった。お宅に上がるとTチャンの子供の男の子がまん丸の目でなんかナマハゲみたいなのが来たと驚いている。そこを俺が握手をしたものだから泣き出してしまった。上のお嬢ちゃんはテーブルの下に潜り込み、椅子に座る俺を見上げ照れている。パグ犬のグウは人としての自覚があるようですぐにすり寄って来て俺の靴下を嗅いだり抱き上げると艶やかな真っ黒な目で見つめている。どうやら同じ獣臭を感じ取り仲間と認識したのかもしれない。お土産と今朝編集の終わったDVDをTチャンに差し上げた。奥さんの作っていただいたお料理を食べながら徐々に子供たちと打ち解けていく。
センセイと俺のことをTチャンは呼ぶ。作品制作を手伝っていただく当初、俺にセンセイは荷が重くやめてほしいと言ったが、Tチャンはそう呼びたいと固辞した。滞在制作の日々が流れていくとそれは気にならなくなっていったが、何も知らない子供たちの前でセンセイと呼ばれるのは何か子供たちを騙しているようでいたたまれない気持ちになった。Tチャンのアトリエに行き新作の絵を見せていただいた。Tチャンの引く線が少し前に比べて形を伴った線に変わっていることに気づいた。絵を描くことに意欲的なTチャンに言葉を発する時は慎重に言葉を選ぶ。偉そうなことは言わないし言えない。ただ感じたことを感じたままに感想を述べることしかできない。
心ではこんな絵描きはなかなかいないんじゃないかと思う。漁に出て家族を養い、波の上に立ち、体と一直線で自然を感じ、不安定な絵の世界に自分の分身を賭すように描きだす。枠から常に飛び出し踊り遊ぶ姿は俺の方が学ぶべきセンセイだ。
お嬢ちゃんはダッコしてと俺の膝の上に乗って来た。犬のグウはゲージに入りいびきをかき始めた。妻は下の男の子と積み木か何かで遊んでいる。Tチャン、奥さん、子供達、犬のグウ。ゆったりした時がここには流れている
3時間ほど居させてもらいこの美しい家庭に不釣り合いな変なおじさんたちはご無礼した。


雪道の大谷峠を越えて宿へ戻る。部屋で深夜遅くまでDVDに差し込むライナーノーツを手書きで書いた。着ていたパーカーは抱きしめていたグウの匂いがいつまでも消えなかった。疲れはてウトウト寝ていると隣で寝ている妻が「来たの?」と小声で話しかけている。どうやら宿の猫のタマがやって来たようだ。薄目で見ると部屋の中を探索している。俺のスーツケースの中の覗き込んだり、持ち手を縛ったコンビニ袋を開けようとしている。とにかく眠かったのでまた眠りに入り込もうとしていると、丸まった体を寄せて添い寝する感覚が背中にした。妻はそのまま起きて観察して居たようでタマは俺の顔を覗き込んだり前足でツンツン体に触れていたと翌朝教えてくれたがその時には深い眠りに落ちていた。

つづく





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by koyamamasayoshi | 2018-02-12 20:17 | 日記


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