東京物語

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小津安二郎「東京物語」。遠方の知人を東京案内するときにこの映画を思い出しもやもやとする。行くところと見たいものにズレがあったり、何処も人混みばかりでくたびれ散々な目に合わせてしまっているのではと心配してしまう。
奥能登のWさんが連休にやって来た。
東京で行きたいところがあるが、怖いので案内して欲しいと頼まれていたし、お祭りで吞み潰れ吐瀉塗れの俺を介抱してくれたのがWさんなので出来るだけの案内をしようと思った。


航空機が到着する40分前に羽田空港第2ビルに着いたので展望デッキに出て離発着する飛行機を眺めて待つ。整備員が離れていく機内の旅人に手を振って送り出している。誰かが誰かを送り出す場面は陸海空いづれもいいものだ。能登からの飛行機は15分おくれで到着した。
期待と不安が混じったような笑顔でWさんがやって来た。
見たいところを事前に訊いていたのでその数カ所と、あとは行き当たりばったりで見てみたいところに行くことにした。


さっそく行きたいところの1番目の、立川で開催されるプロバスケの試合を観に行く。おれはWさんと行かなければおそらく一生涯観なかったかもしれない。モノレール改札発券所で限定発売されているsuicaを買って差し上げた。「職場の人が買った方がいいと言っていたやつです」とWさんはにっこり笑った。
東京モノレールに乗り、浜松町で山手線乗り換え、神田で中央線に乗り換え、立川まで車窓を案内しながらドコドコ揺られていく。ラッシュにあたらなかったのでゆったり都心から武蔵野の郊外にうつり変わっていく車窓を一緒に眺めた。
旅行中に三鷹のジブリ美術館にも行ってみたいと言っていたので立川に着いたらローソンを探して、店内のチケット購入端末で予約しようと決めた。立川に着き北口のローソンで手続きしてみたら、滞在中のチケットがすでに完売されていて残念な気持にさせてしまった。下調べしてあらかじめ購入しておけばよかった。


多摩モノレールに乗り2駅先の立飛で降りる。アリーナ立川立飛の入口前には幟がたち、チアリーダーの女性たちが出迎えていた。チアリーダーの肉付きのよい生尻をみてWさんの目線とは違うところで楽しめそうだと感じた。
移動販売の車でビールと焼きそばを買い、試合開始2時間前に観覧席の場所を確保する。前座イベントがいくつか行われた。チアリーダー達のガールズトーク、元プロバスケ選手によるバスケ教室、中高生のダンス、フリースロー対決など。その合間にグッズ販売を見に行き、「ひとりで着るのは恥ずかしいので一緒に着ませんか」とWさんにチームTシャツを買っていただいた。


17時頃ようやく試合が始まる。暗転し赤い光の中選手が登場し会場がドオと沸き上った。2500人ほどの観客の中、試合はホームチームがおされる展開だった。Wさんの隣はひどくやかましい観客で、選手の名前や、試合展開のことをひとり絶え間なく喚き散らしていた。真隣りのもの静かなWさんは辟易しているようだった。
プロの選手のプレーは楽しめたが、それ以上にタイムブレイクごとにフロアに飛び出してきて全力で飛び跳ねるチアリーダーの虜になった。それは戦場に降り立ち、武力兵力を無力化する天女の舞のようで、試合のヒートアップした殺伐を救っているように思われた。
その日結局ホームチームは大差で負けた。


帰りの立飛駅のホームは花火大会の帰りのような混雑だった。Wさんの宿泊先の池袋に電車を乗り継ぎ向かい、チェックインを済ませたあと夕食の店を探した。事前に調べていた居酒屋Bはその日貸し切りらしく諦め、目に入ったお好み焼きもんじゃ焼きの店に入る。お互いもんじゃ焼きの焼きかたがわからず、正解か不正解かわからない曖昧なもんじゃを食べた。
表に出ると雨が降り出していた。23時半頃家路に着いた。


翌日10時に池袋駅で待ち合わせていたが、上着のポケットやバッグを弄っても携帯電話が見当たらなくWさんと連絡を取る手段がなってしまった。同行した妻の携帯を借りてWさんの泊まっているホテルに電話して、妻の携帯番号をWさんに伝えてもらおうと思っているところ駅前の喫煙所前にWさんの姿をみとめた。一先ず行き会えて良かった。俺の携帯は家のコンセントに繋がったままだとお義母さんからすぐに連絡があった。


丸ノ内線に乗車し、3時まで呑んでいたというWさんに今日の旅程を伝える。まず行きたいところの2番目のスカイツリーに向かう。おれも妻も登ったことがなくこういう機会がなければ登らなかったかもしれない。しかし当日券を購入するのにどれくらい並ぶのか読めず行ってみなければわからなかった。しかも休日。一時間くらいは並ぶことを想定していた。
やはり羊の腸のような長蛇、腸だの列。糞詰まりのおれたちは50分の小腸大腸の旅を終えると、エレベーターで一分も掛からず一気に350m上空の展望フロアに降り立った。


長い待ち時間だったが天空の景色を目の当たりにした瞬間、来てよかったとすぐに思えた。小さな玩具のような建物を引きで眺めてみると東京の風景も悪くないなと思った。エンジニアのWさんは「基盤のようですね」と興奮気味に言った。
塔の足下を覗き込むと目の焦点がおかしくなりすぐ眩暈がしてしまった。あいにく曇り空で富士山までは望めなかった。


スカイツリータウンでWさんは在所の方々にお土産を買い求めていた。携帯電話のない俺はとにかくはぐれないようにしないといけない。妻は向いの店でキティちゃんが奇怪に動く人形を見てヒーヒー笑っている。どれどれと思いみると、振り袖をきたキティが身体を左右に振りながら何かしゃべりながらとことこ走っている。同じ体格のマイメロディと対面でぶつかりお互い何かしゃべりながら押し合いしている。よほど気に入ったようでWさんの姪御さんにとプレゼントしていた。


次に行く場所に向かうための方法にスカイポップバスという移動方法を考えていた。それは都心でよく見かけていた二階建てのバスでお台場、スカイツリー、浅草、丸の内、六本木と乗り降り自由に巡れるのだ。
スカイツリー近くのチケット販売所に寄り、時刻表などを確認すると、乗れることは乗れるが、今からでは時間のロスが多く、午後行きたい場所に響いてくるので取り止め、都営バスに切り替え浅草に向かう。


今日はアテンダントがもうひとりいるので昼食や夕食を決めるのに大変助けられた。浅草の神谷バーで遅めの昼食をとった。食前酒にWさんはデンキブラン、おれはハチブドー酒、妻はハチブドーパンチを頼んだ。食事をしながら、昨年の能登滞在中の話などをしてゆっくり過ごした。


浅草から銀座線に乗り終点の渋谷まで3人とも眠りこけた。
前を歩く俺には見えなかったが、渋谷の街をWさんにはどう映ったのか。
行きたいところの3番目の楽器店へ行く。Wさんの表情が目に見えて明るくなり、興奮気味に店員さんとお話ししている。おれと妻が張り付いていると気を遣うと思い、「タワーレコードで待っているので気の済むまでゆっくりして下さい」と告げた。Wさんは本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
妻も妻でクラシックにハマっているので喜び勇んでクラシックフロアへ向かう。携帯のない俺はクラシックフロアをうろうろ、暇つぶしに視聴、ベンチに座るをくり返しはぐれないようにした。


16時頃、行きたいところの4番目青山学院大学へ向かう。プロバスケチームのホームグランドらしくただその体育館をみてみたいとWさんはいう。暮れなずむ校門前には入試期間中の看板文字。門扉が半分空いていおり、そこに警備員がいたので話をしようと近付いただけで手を横に広げ制止するような格好をして入ることを拒まれた。
青山の気取ったカフェに入り、一日歩いた足を休める。
「この辺りは外車ばかり走ってますね」とWさんがいうので、「ガタツイタ白い軽トラが走っていた方がこういう場所では格好いいと思いますよ」と答えると「そうですか」と笑った。
別に良い家良い車を持つことが格好いいと思わない俺と妻の捻くれた毒突きが、もしかしたらWさんの夢とか希望を薄くしてしまうかもしれないと途端に思い、そういう話はやめた。


行きたい場所の5番目表参道を歩いた。こころの綺麗な純真なWさんは「こんなに少ない品数で大丈夫なんですか」と高級ブランド店の心配している。
しかし何かわからないですが渋谷や池袋とは違う雰囲気ですねと言った。
「それは余裕ですよ」と答えると「そうですね」と言った。


明治神宮駅で副都心線に乗り池袋へ行く。西口公園の傍の居酒屋Fに行く。横柄な外国人女店員のいるいかにも東京の大衆酒場という雰囲気だ。マッコリで乾杯して次々に料理を頼んだ。
話の中でWさんが小さい頃天皇陛下が能登に行幸された時に、暑い季節の広いアスファルトの上で蟹の踊りをしたという。他の学校の子供は鰤や蛸などの格好で踊り竜宮城をお見せしてお迎えしたという。そのはなしがおれはおもしろく頭の中でその情景が思い浮かんだ。
店を出て帰る頃にWさんは飲み過ぎたのか、苦しくなったと言ってタクシーでホテルまで帰っていった。帰りの電車で妻は「気を張っていたのかもしれないね」と言った。


翌帰る日の11時に昨日会った喫煙所前で待ち合わせをした。昨日は飲み過ぎたのか、何か食べ合わせが良くなかったかもしれないとWさんは言った。
朝食を食べていないというので駅構内のうどん屋に入る。食べながらWさんは、さっき横断歩道で信号が青になるのを待っていたがどこに信号があるかわからず渡り始めたらタクシーに轢かれそうになったと言って「まだドキドキしてます」と胸をさすっていた。


能登行の航空機が飛ぶまで逆算すると1時間半くらい時間がありそうなので池袋から浜松町までの間で行きたいところを訊いた。大塚、巣鴨、、、、、、と順々に駅名を言っていくと新橋に降りてみたいとWさんが言った。新橋で降りると汽車のある広場に行きWさんのスマホで撮影を引き受けた。
浜松町で東京モノレールに乗り羽田空港第二ビルで降り運航状況を確認する。14:55発だが、着陸出来るかどうかが14:10にわかるという案内が電子板に表示されている。
食事をしながら休憩出来る場所を探すが連休の最終日の空港の飲食店はどこも並んでおり、店に入ることを諦め、売店で空弁を買い展望デッキで離発着する飛行機をみながら食べることにする。
14:10になり電光掲示板をみに行くがまだ情報が流れて来ない。航空会社の人に訊いても情報がアナウンスされるまでお待ちくださいといわれたようだ。能登空港の状況次第で羽田空港に引き返す可能性もある。30分になっても状況がかわらず、そのまま搭乗手続き5分前という文字が電光掲示板に流れて来た。急いで搭乗口に向い慌ただしい別れになってしまった。


モノレールで浜松町に引き返している途中で無事搭乗出来たというメールが届きひとまず安心した。そして家に帰り着く頃に能登空港に着いたと言うメールが届き、夕食の頃に家に着きましたという電話をいただき、むこうの電話口がWさんの親父さんに代わりお礼の言葉をいただいた。


羽田空港の展望デッキで空弁を食べながら、「楽しめました?」と訊くと「はい」と綺麗な笑顔で返していただいたのでなんとか自分なりに東京案内を務められた気がした。


毎日どこかでひとりひとりの東京物語があるんだろうなあと、帰りの電車に揺られながらおもった。











by koyamamasayoshi | 2018-02-12 20:18 | 日記


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