おっ母と美術 2016/10/20-21

早朝出掛け、東京駅でのぞみ5号に乗る。8時6分、名古屋駅ホームで待っていた母親が見えた。
倉敷の大原美術館有隣荘で妻が作品展示しているものを、親子二人で観に行く旅。


9月に漆塗り作業で実家に帰省した時、米粒程の親孝行であるが旅行に誘ってみた。
その時は、気楽な格好で行くと言っていたのに、ネックレスを巻きブーツを履き、お洒落な格好をして乗車してきた。
隣の席に座らせ、持っていた荷物を棚の上に載せようと受け取るとやたらと重たい。一泊の旅とは思えない大きさの手荷物だ。何を持ってきたのか訊くと、ドライヤー、タオル、寝間着、シャンプー等々。いやいや、そんなん旅館にあるって。
…まあいいや。
しかし、それだけではその重さに見合わないので荷物の中身を見ると、お茶の500mlペットボトル2本、缶ビール2本、小倉とホイップを挟んだ菓子パン4個、柿の種、カロリーメイト、そして助六(!?)2人前が入っている。おい助六って、法事じゃないんだから。

俺の頭の中では、昼飯は妻から聞いた倉敷のお店へ行く予定だったので、事前に言っておけば良かったと後悔した。
そういえば数年前大学卒業式前日に、東京にやって来たおっ母は、ぼた餅と、おいなりを持ってやって来たので、上野公園で二人で食べた記憶が甦った。
倉敷で公園でも探して食べるんか?と訊くと、笑って「倉敷がどんな所かわからんかったで」と自分の田舎以上のド田舎を想像していたらしく、買う所に困ると考えていたようだ。じゃあそんな田舎に行くのに何で履きづらい靴?と矛盾を思ったがそれは言わなかった。

旅先でこんなの食べた、美味かった不味かった、そういう要素も旅の彩りだよ、と説得しても、そういう旅をしたことないという。朝飯は既に食べていて入らないし、とにかくこの助六2個をどうやっつけようか俺はひとり思案していた。生ものだから駅のロッカーに預けるのも厄介だ。
念のため、もう一度バックの中を覗くと、さらに中敷きのように2リットルペットボトルのお茶が入っていた。訊くとお茶の補充らしい。要するに500mlペットボトルのお茶が空いたら注ぎ足す用。
鉄アレイみたいな重さを感じたのはこれが入っていたからだった。


岡山で山陽本線に乗り換え20分で倉敷に着いた。車内で散々言ったせいか、おっ母は持ってきた重い荷物を持ってあげようとすると「ええわね」と突っぱねる。全く、強情な婆さんは可愛げがないね、と言うと観念して荷物を渡してくれた。商店街のアーケードを通り抜け美観地区に行く。

早速、妻の作品が展示している有隣荘に入館する。館内の長押をみると節のない奇麗な檜材、屋根瓦は三釉彩。大原家の客人を泊めた別邸だろうか、周囲の景観に比べて派手だ。妻はここで「密愛村」という絵のシリーズを一同に展示している他、留袖をドレスに仕立てた漆黒の布地に演歌の一節のような言葉を銀糸で刺繍した作品を出している。
おっ母はじっくり時間を掛けて一点一点鑑賞している。文章があればすべて読んでいるようだ。2階の窓から川向こうの神殿のような大原美術館が見える。このペースでいくと大原美術館すべての作品をみる頃には夕方だろうと思った。

大原美術館本館に入る。西洋絵画の巨匠作品が並んでいる。日本で当時まだ名前も知れ渡っていない頃に、数々の巨匠の作品を購入していたらしいが、それはすごいと思った。おっ母と作品を観るペースが違うので、俺は先の展示室内のソファーですこし仮眠した。
もう来る機会ないだろうから観られるものは観たいとおっ母は言ったが、それは現在失いつつある感覚ではないかと思った。例えば昔のひとがお伊勢詣りする時も、一生に一度の感覚だったろうし、普段見ない光景を眼に焼き付けていただろう。現在は、カメラやスマホで撮り、何時でも見返すことが出来る。それにそこへ行かなくても誰かの写真画像、動画で行った気になれるし、googleのストリートビューだってある。もはやそこに、冥土の土産にみるという感覚は皆無だろう。訊かなかったがおっ母はカメラを持って来ていないだろうし、ケータイで写真を撮ることもしないだろう。意味がないのだろう。

明らかに履き慣れない靴だったらしく、疲れたように俺が休んでいたソファーの隣に座った。履きやすい靴で来るって言ってたじゃん、というと「かっこつけたんだろうね」と後悔している。

エル・グレコの受胎告知が大原美術館の目玉のようで、気品ある作品の前に気品のない二人が眺める。こっちがマリア様でこっちはだれだ?、というのでキャプションを見て俺が、天使ガブリエルと言うと、ああガブリエルかと呟いた。知らないでしょ?と聞くが、聞いたことあると譲らない。

本館一階には、サム・フランシス、ロスコなどの抽象絵画が並んであり、おっ母は俺に、どうゆう見方をすればよいのかストレートに訊いてきた。俺は別に好きな作品でもないし、いいとも思わないけど、これは好き嫌いだよと言ってしまったら、それまでなので、自分なりに丁寧に説明してみた。

例えば、今、目の前にある何が描いてあるのか分からない抽象的な絵の模様が、普段使うお茶碗や、お皿に描いてあったら奇麗だなと思うとおもう。しかしそれが平板の板や、四角い布に描かれている情況に、これが何の存在かわからないというのは、この世のモノを利便性や機能性でしか観ていないということの表れだと思う。美しいと感じる心は利便性、機能性以外のところにも存在している。それは四季の移ろいに感動するなど、生活の損得以外の中にあると思うよ。
自分自身に言い聞かせるように、丁寧に説明すると、何となく理解したような顔をした。

本館を出る頃に、昼時になったので、課外授業の小学生が整列して待機している美術館中庭のベンチで二人して助六を食べた。助六を食べ終わると、持ってきた菓子パンを食べるようにすすめてきた。なんで持ってきた物をやっつけることがメインになってるんだ。「いーよ、持って帰んなよ」というと、やけくそなのか、おっ母は1個食べ出した。もはや面白いと俺は感じていた。


工芸・東洋館に入る。陶磁器の作品、棟方志功の版画、仏像等々が展示されている。おっ母は、歴史に興味が深いのでこれまで以上にじっくり鑑賞している。関心があるといっても田舎者の雑さで、作品に触ろうとしたり、もらったパンフレットを筒状に丸めて、つんつん触れようとする。その都度叱るが、全然聞いてない。困ったものだ。
俺は、東洋館の2階にあった太占の展示、○○はどうか、○○してはどうか、と神様にご託宣を伺っている骨の展示が興味深かった。
おっ母の鑑賞時間を待つ間、外の中庭のベンチで仮眠した。朝早かったのでとても眠い。

次に日本の近現代絵画が展示されている分館へ行く。庭園内の茶室で雅楽が聴こえていた。分館では、安井曾太郎の「外房風景」が良かった。家に帰って妻に伝えると妻も好きな作品だったらしい。他には、横尾忠則、福田美蘭の作品が好きだった。

この辺りになると相当足が痛いようでおっ母は辛そうだった。外に出て庭園の東屋で休み、ブーツを脱いで、シーシー、息を吸いながら足を揉みほぐしていた。
靴買ってあげようかというと「い”ーい”ーっ!」とイノシシの鳴き声のような猛烈な断り方をする。「いや、買いに行こうや」「い”ーい”ーっ!そんなもんもったいない!」と頑として譲らない。
「じゃあ、いいわ。せめて溜め息つかないで。痛くて辛いだろうけど、その溜め息はやめてほしいわ」というと笑いながら、分かったよと言った。

おっ母は、工芸・東洋館が気に入ったらしくもう一度観てくると言って入って行った。俺はまた中庭のベンチで仮眠した。
その後アイビースクエア内の児島虎次郎記念館とオリエント館を観て、予約した旅館に向かった。
途中、全品1000円の雑貨店でデッキシューズを見つけた。おっ母に1000円の靴あるよと教えると「い”ーっ!いらん!」と他の観光客が居るのにおかしなボリュームの声を張り上げる。


旅館にチェックインして部屋で休む。座布団を枕に寝ようとすると隣の建物から建設作業音が頭を響く。ズガガガガ、ズガガガガズガガガガ、ズガガガ、ズガガガ、ガガガガガガガガガガ…。
なんじゃい!ここは!疲れてんのに休めんのか!
仕方なく、宿のつっかけを借りておっ母と散歩した。隣の作業員が居たので愚痴を言うとすみません5時には終わりますのでという。まあしゃあない。
さっきの1000円雑貨屋に入り、おっ母にさっきのズックをすすめた。かっこ悪いだの、買って帰っても履かんだの大声で、そして乱雑に試着している。どうにもひどい客だ。結局買わずに、美観地区や神社をつっかけで散歩した。散策し宿に帰る道、まだ1000円の店が開いているなら買おうかなと母さんが言った。店は開いており、1000円の紺色のデッキシューズをようやく購入した。


宿では食べたことのないような夕食に、田舎者の二人は緊張したがとても満足した。そして久しぶりに蒲団を並べて深夜まで話をした。
翌日は特に行く所もなく、疲れたし、もう帰ろうか、と昼前に倉敷を後にした。
帰りの電車で、まだやっつけていなかった菓子パンを食べながら、次は貧乏旅行をしようと誘った。
by koyamamasayoshi | 2016-11-08 00:26 | 日記


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