2016/8/18 愛知帰省旅②

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朝5時半、点けっぱなしになっていたテレビの画面に、女子レスリング48kg級の登坂絵莉選手の決勝戦のリプレイが映っているのを、寝ぼけ眼で、蒲団の中から見上げた。
画面の右上には、登坂金メダルと結果が表示されているが、ポイント劣勢のまま残り五秒で表彰式の生映像に切り替わってしまった。表彰式での登坂選手の笑顔と、銀の選手の表情との落差に、僅か残り五秒でどんな攻防があったのか想像が出来なかった。
6時、ホテルの朝食バイキングを猛烈な勢いで食べ、バスの時間ギリギリまで、58kg級の伊調馨選手の決勝戦を部屋に戻り見た。第一ピリオドが終わった時点で1-2の劣勢だが、バス停に向かわなければ乗り継ぎに間に合わない為、最後まで見ずにチェックアウトした。


6時40分、知多バスで常滑駅から知多半田駅まで向かう車内で、スマホを見ていた妻が「伊調勝ったよ」と教えてくれた。しかも残り数秒の逆転勝ちだったらしい。
朝から、うれしいニュースに晴れやかな気持ちになるが、対照的に車窓は暗雲がのしかかる重苦しい風景。しばらくして雨が降り出した。


知多半田駅から名鉄河和線で終点河和駅に着き、師崎線バスに乗り換え、終点師崎港へ向かう。
車窓に三河湾が見え、数隻の漁船が雨後のキラキラ光る海に浮かんでいる。
日間賀島行き高速艇の乗船時間ギリギリでバスが到着した。待ち合い所には、すぐにでも泳げるような薄い布切れだけを羽織った格好の女たちがいる。その横を通り抜け、急ぎ乗船券を購入する。
出港すると直ぐに、日間賀島沿岸が目の前に迫ってくる。
10分程で日間賀島東港に到着した。


島へ降立つと、扇を持ったタコのモニュメント像が出迎える。そんなヤツを構うことなく、公衆便所で用を足したら、早速民家が建ち並ぶ路地へ突入した。
木造家屋に塗られたカラフルなペンキ塗料が、潮風と真夏の太陽を浴びて、日に焼けた肌から薄皮がめくれていくようにピリピリと板壁から浮いている。寄り添うように密集している家屋の間に不規則な路地が重なり、どこをどう歩いているのか迷子になる。
ここは瀬戸内海の島々で見た太陽光に漂白されている風景に似ている。
目眩を起こす寸前の風景、不確かで、陽炎の中の、あるいは夢の中の風景…。


知多四国の霊場札所があり、参拝した。柱の木鼻には獅子、貘、龍の彫刻が施されている。側の木の幹に「鯖大師」の看板が針金で止めたあったが、「鯖大師」とは誰のことだろう。


野良猫の島で有名らしいが4、5匹の猫にしか会えなかった。うち一匹は子猫だった。漁具の入ったプラスチックケースと家の壁の隙間にその子猫は潜んでいた。遠くからミーミー鳴いていたから分かったのだ。顔を近づけると、スリスリと尻を振りながら隙間の奥へ奥へ後退して行った。
路地を抜け、防波堤で海を見ながら、後から来る妻を待った。
沖で漁船が数隻、波に揺られ漂っている。


やって来ないので迎えに戻ると、路地から外れて小高い丘に登っていたようだ。そこからビ-チがみえたというので一緒に砂浜を見に行った。
人気の少ない砂浜で、監視台の足下で女の子が着替えをしていた。妻は眼がいいのでよく見えたようだが、残念ながら俺はよく見えなかった。
簡単な日除けシートが掛かったベンチに腰掛け、大きなサングラスをした婦人が家族を待っているようだった。


島の東側だけでも一時間以上もかかっているので、ぼちぼち西側に向かう。
小さな商店で、氷アイスを買う。店の壁に鈴木奈々のサイン色紙が飾ってあった。
グレープフルーツ味の氷を口に放り込み、ガリガリ砕きながら、鬱蒼とした緑に挟まれた、島の東西を繋ぐ直線の道を歩いた。
しばらく気付かなかったが、アスファルトの道に茶色い痕が遠く先まで続いている。よくよく見ると、干涸びたミミズが、絶え間なく埋め尽くしていたのだ。
雨降りに這い出て来たが、すぐに雨雲がさって陽が顔を出し、アスファルトの上でジューと焼かれたのだろう。ミミズの体液が染みていない部分を足で選んで進んだ。


島の西側は比較的新しい建材を使った住宅ばかりで、趣はぐっと無くなってしまうが、観光客は東側に比べるとかなり多い。釣りと海水浴に興じている人たちで賑やかだ。
船着場に着くと、師崎行き、河和行き、伊良湖行きの高速艇を待つ列が出来ていた。船を待つ列の中から、突堤から釣り糸を垂らす人々を見ていた。
白いタイトなブラウスを着た、いい体つきの婦人が、遠くの堤防で釣りをしている家族に向かって手を振っている。
赤茶色に灼けた顔の係員の案内で伊良湖行き高速艇に乗船した。俺は甲板に上がり、家族と一緒に釣りに興じる先ほどの婦人が、だんだんと遠ざかっていくのを見ていた。


…決して助平な目線だけで見ている訳ではない。絵を描く時や映像を撮る時、作品を制作する時において、その仕草や容姿を頭に呼び戻しやすいように記憶、記録しているのだ。これを読んだ妻なんかが誤解しないように、敢えてこんな言い訳を書いておく。


船は篠島を中継し、伊良湖岬へ波間を切り裂いて走る。冷房のきいた船内でうたた寝していると、30分で伊良湖岬に着いた。
そこで、バスの乗り継ぎの待ち時間が30分以上あったので乗船待合所の入った商業施設で昼食をとることにした。
吹き抜けの3階構造の建物で、1階にはエアホッケーや「電車でGO」、「ストリートファイターⅡ」などの少し昔のゲーム機が数台置かれたコーナーと、「やしの実博物館」という入場無料の資料館がある。出口は高速艇や伊勢湾フェリーの発着所に繋がっている。
2階は、乗船手続きの窓口と土産コーナー、それに食事が出来るスペースがある。出口はバス停や駐車場、道路に繋がっている。
3階には何があったのか分からない。展望スペースだろうか。
そこの飯屋で、俺は伊良湖ラーメンと大アサリを注文した。妻はシラス丼を食べていた。
ドライブインやスーパーの隅のイートインなんかで出てくるような安っぽいラーメンの味だが、俺はこういうのが結構好きだ。濃いめの醤油味、大きなチャーシューが載っている。
どの部分が「伊良湖」を冠する理由なのかは分からない。
妻がまだシラス丼を食べている間に「やしの実博物館」を観る。ざっとみたので詳しくは分からないが、どうやら漂着したやしの実に関しての資料コーナーのようだ。他には船舶模型や海鳥の剥製の展示、当地ゆかりの人物をパネルで紹介していたり、やしの実からどんどん離れていくような内容もあった。


11時33分発豊橋駅行き伊良湖本線バスに乗る。車内で出発を待っている窓の外で、前屈みでバスの時刻表を見つめる、女の子の胸が今にもこぼれそうでだった。
伊良湖岬を出発したバスは、三河湾の側の風力発電の風車が幾つか過ぎ去ると、乾いた熱波が停留する土色むき出しの荒野が広がる。正確には荒野ではない。シャンシャンシャンとスプリンクラーが乾いた土を僅かに濡れ色にして何か農作物を育てている。しかし眼にはサバンナのような厳しい大地に映り、背の低い草木の間から、今にもガゼルが飛び出してきそうだ。


伊良湖休暇村を経由したが、誰も乗ってこなかった。
休暇村施設のロビーと喫茶室がガラス張りでぼんやりと中が見えたが、何だか、あちらとこちら(バスの車内)との間に30年くらいの時間の隔たりがある気がした。30年前から時を刻んでいないような、記憶が建物内に幽閉されているような、そんな不安感が漂う。バスを降りてしまったらもう、現行のこの時間軸には戻れないかもしれない…。
バスのガラス窓の外の熱波の揺らめきの向こうのガラス窓から覗く人々の顔が、こちら側を不思議そうに見詰めているのをみているとそんな気分になった。


バスは田原駅に向かって走っている。
車内には、バス停降車付近の施設を案内する女性アナウンスと、妻の弾くカメラのシャッター音だけが響いていた。道路脇に建つドライブインの原型を求めて、バシバシカメラのシャッターを切っているようだ。俺は、東南海の地震の津波がここを襲ったら、この辺りはどうなってしまうのだろうかと不安に想像しながら、ぼーっと町並みを眺めた。


5分遅れでバスは田原駅に着いた。乗り換え時間、1分を切ったバスを飛び降り、妻と激走して渥美線に乗車した。切符を買う時間もなかったので車内で購入する。
宝くじくらいの大きさの切符で、記載されている駅の中から、乗客が乗車した駅、降車する駅、そして乗車日を、車掌さんの打つパンチタイプの切符きりで丸い穴を抜き、印をつける。
隣の駅で乗車してきた少女も車内で切符を買い、切符きりで抜かれた穴を、指先でイジイジさわって、穴を眺めていた。
12時47分大清水駅に着く。姉貴の美容院に行き、俺と妻の髪をやってもらう。
by koyamamasayoshi | 2016-08-22 00:50 | 日記


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