2016/8/17 愛知帰省旅①

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帰省のついでに「あいちトリエンナーレ」を観に行く2泊3日の旅。


中央線各駅停車で東京駅、ひかり501号に乗り換え豊橋へ。
夏休みで新幹線が混んでいると思い、早朝、出掛けた。座っている車両には、東京を出発する時、俺と妻の他に2組ぐらいの乗客がいるだけだった。
豊橋に8時に着き、名鉄に乗り換える。
懐かしい。赤い車体のパノラマカーで、車両間ドアの上部に現在の走行時速が車両のイラストと共に電工掲示されていた。かつて乗車した時に、その速度計の数字をよく眺めていたなと、思い出して見ていると、十数年たった今も、相変わらず表示していた。


岡崎手前の車窓に、似た格好の男が、数人距離をとって歩いている。
鉄道オタクの正装というものがあるのだろうか。薄いブルーのギンガムチェックシャツを、裾をズボンから出して着て、ケミカルウォッシュのジーパンに黒いショルダーバッグ。
車窓から、彼らが行く先が先行して窓に映るのを待っていると、直ぐに名鉄の車両基地らしきものが見えてきた。


知立で三河線に乗り換え、9時10分豊田市駅に到着した。
豊田市美術館が10時開館のため30分ほど、駅前のスターバックスで過ごす。後ろで注文を待っていた女性は綺麗な身重の婦人だった。
駅から炎天下の退屈な道程を15分ほど歩いて豊田市美術館に着く。入口には誰もいなかったのに、入館すると、うじゃうじゃと人が湧いて、正面入口の外にまで長蛇の列が出来ている。どうやら自分たちは裏口から入ったようだ。
杉戸洋ってこんなに有名だっけ?!と思ったが、どうやら併催の「ジブリの建築模型展」目当ての人の列だったのだ。
その行列を尻目に、待つ間もなく「杉戸洋_こっぱとあまつぶ」展に入る。来場者は先客のおじさん一人だけだった。


高校の1、2年生の放課後、名古屋の美術予備校の夜間の基礎コースに通っていた。3年になり、高校卒業出席日数に達した時点で高校を辞め、朝から名古屋の予備校に通った。
テンガロンハットに柄シャツ、絵具がところどころ付いたジーパンに、ごついバックルのベルトを通し、足には親父の消防のブーツを履き、矢吹丈が持っていそうな、ずた袋を肩に掛けて通っていた。
豊川の田舎モンの高校生が、名古屋のすかした高校生に舐められない為の出で立ちだったのだろう。
そのテキサスボーイは、自分で自分の絵が理解できず、ただただわけも分からず好きなように描いていたように思う。
ある時、その夢中の背中の後ろから、「いいね」と30代と思しき男から褒められた。もしかしたら20代後半だったかもしれない。髭面でよくわからなかった。やはり自分の絵のどこが良いのか分からないテキサスは、「はあ」と適当に返事をしたと思う。
その男が去った後、担当講師が、「今、声掛けてきた男を知ってるか」と訊いてきた。もちろん「知らない」と答えると「今出ている美術手帖に載っているので見てみな」と言われた。
それが杉戸洋という画家だと知った。


その時の印象と変わらず、飄々とした作品群だった。
平面作品しか知らなかったので今回、インスタレーション作品を観て、新鮮な気持ちだった。それらからは、ホームセンターが大好きなんだろうなあ、と思わせる要素がそこここに見つかる。
全体の印象は学校の保健室みたいだと思った。真っ白いホワイトキューブの広い空間に、壁紙のような絵画が身長測定のような支柱に支えられていたり、綿を使った作品の一部には、注射前の消毒の脱脂綿を連想した。


ついでに常設展示もみた。作者は忘れたが、夏の山というタイトルの作品が良かった。
「若冲」と「ジブリ」は強いね、と駅に戻る道々、妻と話した。


豊田市駅で名鉄豊田線に乗り、赤池から直通、大須観音駅で下車する。
名古屋の栄周辺、岡崎、豊橋の三地区で先週から「あいちトリエンナーレ」が開催されている。
地元なのに、参加出来ない悔しさもあり、どんなものか観に来た。観に行く前に、大須観音に参拝し、参道の商店街を見て歩く。
小中の女の子がやたら多い。ティーン女子の街のようだ。派手な洋品店が眼につく中、一軒のHIPHOP系?の店で、車の前で露出度の高い女がポーズをとっている図柄が全面にちりばめられた服を買った。
「人形材料店」の看板がある店は、気になったが、残念ながら定休日につきシャッターが下りていた。その向いの店でかき氷を妻と分けて食べた。
北へ向かって歩くと、浅草橋、蔵前のような、店輔商品を取り扱っている店が並ぶ。その先の大通りとの十字路に、路上生活者が建てたであろうバラック小屋?があった。


暑い。
碁盤の目の退屈な名古屋の大通りのアスファルトからの照り返しに、体力が徐々に消耗していく。
まず、作品会場のひとつ、名古屋市美術館に入る。2フロアに作品が並べられていた。
展示空間に対して作品点数と質が低くスカスカで、はっきりいって美術愛好家が公民館で自作を並べているのと大差ないように思えた。予定もあり、時間をかけてもしょうがないと思い、直ぐに別会場に向かった。


20分程歩き、長者町エリア作品会場内のひとつのビルに入る。4階までの各フロアに展示してある。
ざっと観て、妻と何も感想を述べずに直ぐにビルから出た。
統括している人は、これでよしと判断して展示をしているのだろうか、、と激しく疑問だった。
4階に展示していた作品は、現地で滞在して制作するというのが作品のメインテーマか知らんけど、滞在中の生活ゴミをわざとらしく散らかして生活臭を演出し、プロジェクターで投影している映像には、本人にとっては大事らしい滞在中のコミュニケーションが映し出されていた。
わざわざ地方の芸術祭の作品を、真夏のジリジリと灼けた道を汗水垂らしてヒーコラやって来る来場者の顔を想像出来ないのか。
美術館というハコではなく、雑居ビルという立地条件で展示している作品が、もしかしたら別の芸術祭にはない、「あいちトリエンナーレ」の特質かもしれないと思い、通過しないで観たけど、そういうことではないらしい。
ガイドブックでは、このエリア周辺にまだ作品が幾つかあったけど、もうどうでもよくて、最も力を入れているであろう、名古屋のメイン会場の愛知芸術文化センターに向かった。


歩きながら妻に、「あのゴミの作品を、客観的に、そしてものすごく肯定的に観ると、どういうことが言えるの?」と訊いてみた。いじわるではなく、あれが芸術だとしたら、本当に分からないのだ。
俺の作品も人から見れば、ゴミに映るかもしれないが、本質が全く違うと思う。
「わからない、好みの問題だと思う」と妻は言った。


暑い。名古屋の夏は暑い。その上、退屈なビルが並ぶばかりで、眼が楽しむ隙もない。横の妻がだいぶ暑さで参っているので、喫茶店を探す。ガイドブックに「エーデルワイス」という喫茶店が紹介されている。途中道が分からなくなり、地元のおばちゃんに訊くと教えてくれた。
「若い頃よく行ったわ~。カップルシートがあったのよ」と懐かしそうな顔をした。
深緑のベルベットの椅子と裸婦像が並ぶ店内の中二階に座り、おしぼりで顔を拭い、冷えた水のガラスコップを顔に押し付けた。大きなテレビの画面には、リオ五輪、女子の体操床種目が映し出されていた。二人して、ピザトーストとアイスティーを注文した。


大学の先生であった、櫃田さんの展示を数年前に観に来て以来の、愛知芸術文化センター。名古屋市美術館とは打って変わってしっかりとした展示構成がなされていた。
ただ、「虹のキャラバンサライ」という芸術祭のメインテーマに沿っているような作品はあまり観られなかったし、感じられなかった。
たった唯一、高橋士郎さんの作品だけが良かった。初めて知る名前で、ガイドブックを見ると結構なご年齢の作家さんであるが、強い作品だった。
機械仕掛けで様々な素材の造形物がイジイジとほんの少しの動作を続けている。トルソ像のお腹にアコーディオンのような楽器が取り付けてあり、一定のリズムでファーコー、ファーコーと鳴っている。全体にガタピシ感が漂っている。
移動遊園地のようで、そんなもの見たことも、体験したこともない俺でも、童心をくすぐられた。この作品だけが「キャラバンサライ」というテーマを的確に捉えていたと思う。


15時、栄駅から地下鉄名城線、金山駅で名鉄常滑線に乗り換え常滑に向かう。
車窓は縦横真っ直ぐの退屈なビル群の風景から、夏の光を猛烈に吸収した草木生い茂る、こんもりした雑木林の山の間を抜け、やがてまだ陽が西側の高い空にある伊勢湾が見えて来た。
はじめて行くところはいつでも楽しい。


16時、常滑駅を降りると、花火大会のような人だかりがわらわら。「これって?」と妻を見ると、「ポケモン」と言って不愉快な顔をした。
はじめてみた…。
はあ~、こんなところにまで収集しに来るんかい。
妻はよく上野公園で遭遇しているらしく「反吐が出る」と続けて言った。妻はすぐ切り棄てるような言い方をする。俺は反吐ほど出ないが、「群衆」という点が目障りで胸糞悪い。


そういえば、ブーイングというのがどこから発祥したか知らんけど、個人の限界を出してパフォーマンスする選手に対して、集団心理の「群衆」と書かれた隠れ蓑の中からブーブーとブタの鳴き声をするのはみっともない。最近、相撲中継でもこれをやっている。心から、反吐が出る。
ブーイングとヤジとは違う。ヤジは、「群衆」ではなく「個人」の言葉が乗っかっている。そこに愛情もあれば、本気の罵りもある。それは、文化に繋がるところがあると思う。
群衆のブーイングはヘラついた野郎がファッションでブーブー言っているようにしか見えない。
要は「群衆」で闘ってるやつより「個人」で闘ってるやつが好きだし、応援したい。


駅前のホテルにチェックインして、常滑の街を見て歩いた。
常滑焼といえば、茶色の急須や土管が有名らしい。それと招き猫も常滑焼の代表なのだろうか。
巨大な招き猫の「とこにゃん」が道沿いの法面の上から顔を出していた。


窯場が残る集落の路地の至る所に、土管や壷を整然と並べた石垣ならぬ土管垣や壷垣が、その上に佇む木造家屋を支えている。
路地の中程に団子屋があり、そこの品書きを見て「つべてぇ大福」を頼んだ。おじいちゃん店主は「つべてぇドラ焼」を出して来たので、もう一度「つべてぇ大福」下さい、といった。
正式に「つべてぇ」を付けて言い直したのには、あえて三河弁の懐かしさを口にしたいからだ。


「つべてぇ大福」を食べ歩きながらさらに路地を進むと、工房の一角に陶器の割れたものや写真、水引、鉄クズ、よくわからないものが、整然と雑然の間ぐらいで置かれている。
俺と妻はすぐに惹き込まれた。
一般的には、ゴミが放棄されてあるようにしか見えないだろうし、これをカメラで撮影していたら、少しおかしな人に映るかもしれない。
しかし重大な点は、これを置いた人の心持ちが見て取れるところにある。雑に置いてあるようだが、モノとモノの隙間、間隔が奇麗だ。つまり、このモノはここにあるべきと決めて置いている。
例えば白い画用紙に線を一筆入れる時に画家は、引く線だけを見ていない。線以外の「余白」を感じながら引く。その感覚は、あらゆる美術の根っこにあるものだと思う。
ここに置かれているものと、昼間雑居ビルで見たものを見比べると、やはりあれはゴミだったと思う。


またしばらく路地を行くと、別の工房の庭に、大きな水槽の上にロダンの考える人の像と、大きな急須がワイヤーで吊られている。その側に、横向きに倒した状態の土管が三つ、筒状の穴部分に、魚眼のガラス板を嵌め込んだ水槽がある。中で、大きな金魚が数匹涼しげに泳いでいる。
またすぐ側の壷は、側面を円形に抜き取り、そこに魚眼ガラス板を嵌めた水槽の中で、しゃれこうべの人形が、送られるポンプのリズムで口からブクブク泡を放出している。おもしろい装置だ。


18時くらいまでぶらぶらして、居酒屋で夕食をとってホテルに戻った。
部屋のテレビで、女子レスリングの予選を見ながら、いつの間にか疲れて眠り落ちた。
寝る前にカーテンの間から、窓の外の駅前ロータリーを覗くと、まだ群衆は採集を続けていた。
黒い影の群れは行くあてもなく、浅い波打ち際にいつまでも引っ掛かって、行きつ戻りつゆらゆら揺れているわかめのように思えた。
by koyamamasayoshi | 2016-08-21 01:54 | 日記


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