鵺_a0232906_18104740.jpg


昨年、群馬県の山奥、六合で長期の滞在制作をした。
秋口、闇夜からヒー…ヒー……キーンと寂しげな謎の音が聴こえていた。
となりの喫茶店の、のぼりが風ではためき、その支柱と鉄製ポールが擦れている音かもしれないと思っていた。

先先週、泊まっている奥多摩の宿坊の部屋の窓の外の、眼下に広がる霧が掛かった山々から深夜、その時と同じ謎の音が鳴り続けている。
「このブランコを漕ぐような音なにかね」と共に寝泊まりしている職人のDちゃんに訊くが「鹿じゃない?」と判然としない。
続けて「本当に誰かがブランコ漕いでるかもしれんよ」といわれ、「ゴンドラの唄」を口ずさみだした。

『い~のち~ みじ~かし~ こい~せよ~ おとめ~』

この想像は、参った。
途端に頭の中には、山の深淵の少しだけ開けた雑草生い茂るところに、ボロッボロの錆び付いたブランコがぽつんとあり、キー…キー…と哀しく漕ぎ続ける志村喬の姿が浮かんだ。
そしてお釈迦様の涅槃図のようにリスや猿や狸やら山中の動物が周りを囲んでさめざめと泣いている。時折雲間から漏れる月の光がその光景をぼんやり映し出す。


週末下山した時に、インターネットで調べたところ、志村喬ではなくトラツグミという鳥だという事がわかった。
幻想の妖怪、鵺(ぬえ)の正体ということだ。
たしかに真っ暗な山の月明かりしか頼りのない中で、この、体の芯から哀しくなるような正体の分からない怪音が聞こえてきたら、恐ろしくてしょうがない。
鵺は顔が猿で、体が虎、しっぽが蛇という想像画で描かれているが、トラツグミの全身の虎柄模様との類似は偶然だろうか。

先週、同じ部屋の窓から深夜この音を聴いていた。
調べずに、志村喬が正体であった方が、想像して楽しめたかもしれない。
でも、このトラツグミくんに興味が芽生えた。
他の動物や鳥がいっさい鳴かない深夜から明け方、仲間の位置を確かめ合う様に呼び合う健気さは、泪を誘う。
そしてその声音は、修験者が持つ鈴のようで、呼び合う事で何かの包囲陣を形成しているように感じ、呪術的、宗教的な妖しさを想像する。


今年の1月30日、国技館で豊真将の引退相撲、断髪式を観に行った。
俺は二階席の最奥の当日席からひとり観ていた。すり鉢状の館内の東西南北四方から、
「ホーーーマ ショーーーー」
という引退を惜しむ声が飛んでいた。
俺も
「ホーーーマ ショーーーー」
と叫んだ。その
「ホーーーマ ショーーーー」
という音の響きがとても呪術的だなあと思った。

宿坊の窓の外の黒いシルエットの山々を見ていて、
「ホーーーマ ショーーーー」とトラツグミが繋がった。
by koyamamasayoshi | 2016-07-17 18:22 | 日記


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