東京漂泊日記

世の中に2020年の東京オリンピックに向けて、お・も・て・な・し、の気持ち悪い空気が蔓延する中、いつの間にか何かが知らないうちに失われていく気がする。
作業中流れているラジオからは、英語教材のcmで「おもてなしを一時の流行語に終わらせない為に…」とか言ってる始末。おもてなしなんつう言葉を勝手に背負わせないで欲しい。
東京の向かう先がそうなっていくのは国際都市として当然なんだろうけど、俺はやっぱり気持ち悪い。

そんなことも含め、半年前かに、竹橋の近代美術館でやっていた日本観光ポスター展とそこの常設展で大正、昭和期の木版の風景画を観た事で、自分なりに「東京」に向き合って木版画のシリーズを制作しようと思った。

今年の1月下旬に東京で未だ行った事のなかった所をメインに10日ほど、一日にだいたい20kmの道程を、地図を片手に歩いた。

3年前に東北の太平洋側を自転車で縦断している時に、風景には人格や感情のようなものがあるかもしれないと思った。それは見る人の妄想や勘違いなんだろうけど、それが寄り集まることによって風景が形作られていくんだろうなと思った。

そんな主観で東京を歩いた中に、俺が絵にしたいと思った風景は、片思いかもしれないが、「共感する(してくれるかもしれない)風景」だった。
世の中の外周に居る自分と共感する風景は、外周の風景であり、おいてけぼりの風景であり、泡沫の風景なんだと思う。もちろんそれは主観的な感覚なので他人には共感出来ない風景だったりする。

今後どのくらい枚数を増やせるかわからないが、いつか一同に並べて見てみたい。ふらふら徘徊している夢遊病者、あるいはボーっと彷徨う浮遊霊が見ているような風景を見ている気分がするかもしれない。
by koyamamasayoshi | 2016-06-18 16:18 | 日記


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