夢の光景

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2/21

夢の中、奥能登を旅している。旅疲れて、ウトウトと何も遮るもののない海を見ながら微睡んでいる。
夢の中の夢と現(うつつ)のあいだにぼんやり瞼を開けると波と波のあいだ、波の壁の向こうに一隻の船が滑り出した。自分の位置と50mほど離れている感覚だ。ぼんやりした頭で何だろうかと思っていると、続々と船が現れて連なっている。漆黒の木造船の形に、北朝鮮の船だと気付き、物陰に隠れてそのおびただしい数の大船団を覗く。
濃い霧とうねる高波に物ともせず飛沫をあげて現れ続ける。
その船上には弓矢や刀剣を構えた兵士や、舞人、雅な楽隊、その他色々な者が乗船している。どの人物も静止していて、べたっと貼り付けたように動かない。影絵のような黒いシルエットの大船団が目の前を横に滑って連なっている。その中で舞人だけがおよそ兵団に似つかわしくない派手な色の衣装を着ている。舞を踊っているまま固まっているので動きに合わせて衣装も広がったまま止まっている。その色彩が美しく頭に焼き付いている。

カメラで撮らなければ。
そう思いこっそりレンズを向けると、デジカメのモニターの中で、波に耐えきれなくなったと見えて船は一斉に崩れ波に飲み込まれてしまった。

そこで目が覚めた。
あの船や船上の人物は遠い遠い昔の大陸の船団だったのではないだろか。怖いと思って怯えて見ていたが、天女や観音様の来迎のように、瑞祥の存在に思える。それ程、とてもいいヴィジョンだった。



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# by koyamamasayoshi | 2018-02-21 16:06 | 日記

松ぼっくり

2/20

11時立川へ、現像したフィルムを受け取りに出掛ける。15時30分に受け取りということをすっかり忘れていて、行ってもまだフィルムが届いていなかった。改めて出掛け直すのも面倒臭いので4時間立川で、今作っている模型の素材を探して時間を潰す。


ユザワヤに寄る。
松ぼっくりが素材として使えそうだと思い付き、松ぼっくりと人形の目玉を持ってレジに並ぶ。松ぼっくり15個ほど入って1000円か…。
…いやいや、松ぼっくりなんかに1000円も出してたまるか。列から外れ、松ぼっくりを棚に戻し、目玉だけを買う。


ここまで来たら松ぼっくりを手にして帰ろうと思い、100均で大きめの袋を買って昭和記念公園に松ぼっくりを拾いに行く。
総合受付所で園内の松がある場所を訊くが「特に松を植えている場所は無いですねえ」という。園内地図を指差し「日本庭園には松はあるんじゃないですか?」となお訊くと「日本庭園にはあると思います」とあるんだか無いんだかよく分からない。
昭和記念公園は米軍基地跡地に出来た途方もなく広い公園。日本庭園を目指しつつ無駄骨覚悟で松の木を探してみよう。


入園料410円。レンタサイクルもあるがこれを借りたら入園料と袋代でもう1000円近い。ユザワヤ松ぼっくりの1000円を超えてはもう意味がわからんのでレンタサイクルはよした。歩き始めて1分も経たないうちに噴水横のベンチの後ろ側に松が見えた。以外にすぐにあった。さっそく買った袋に形のいい松ぼっくりをどしどし入れた。30分くらい拾い続けて袋いっぱい80個ほどになった。わざわざ園内奥の日本庭園まで行かずに済み、1時間ほどで公園を後にした。

これ売ったら5000円くらいになるかな?と駅方向に歩きながら思っていたが、どこに持って行ったらいいのかよくわからない。ユザワヤさんは買ってくれるかな?


そういえばユザワヤの松ぼっくりはクリスマスやリース制作のコーナーに置かれていた。松ぼっくりを買う人を想像した。
東京の街路樹にまず松は無いだろう。神社、お寺の境内の松の下に転がる松ぼっくりをわざわざ拾いに行かないだろうし、拾いに行く時間がない人もいるかもしれない。公衆の面前で松ぼっくりを拾うことさえ恥ずかしいと思う人間もいるかもしれない。そして30分も一時間もしゃがんだり立ったりの屈伸運動をしてまで松ぼっくりなんか拾いたかないわと思う人間もいるかもしれない。

そこまで考えていくと、お店でパッと買える綺麗にパック詰めされた形の整ったユザワヤの松ぼっくり1000円は、都会では正当な価格なのかもしれない。

(1000円は一番大きな笠の松ぼっくりの価格で、中サイズ、小サイズもあり大きさによって価格が違う)

# by koyamamasayoshi | 2018-02-21 01:24 | 日記

犬の貌

外へ出かけると、かなり高い頻度で犬にじっと見つめられたり、前を散歩の犬が歩いていると何度も何度も振り返り俺の顔を見てくる。
吠えるでもなくただじっと見ているのだ。
一緒に歩いている妻も「なんでそんなに見られるんだろうね」と笑って不思議がる。

俺は自分に獣の霊が憑いているから見られるのかなあと思っていたが、妻のiPhoneの顔変換アプリで一緒に遊んでいたらなんとなく理由がわかった。
単純に顔が獣っぽい犬っぽいのであった。



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# by koyamamasayoshi | 2018-02-16 20:37 | 日記

おっ母と東京

2/14
9時50分東京駅に着く。朝食を食べていなかったので立ち食い蕎麦屋を探すが見当たらず、構内を歩き見渡すとおにぎり屋を発見し妻と入店する。
5分で食べ終え東海道新幹線の券売機で入場券を買う。しかしこの入場券の発券が未だに意味不明で、東京駅までの切符を券売機に求められICカードを入れるとなぜが千円入れてくれと求められた。入場券の140円を求められるのならわかるが、まだ駅から出場していないのに1000円求められる意味がわからない。
とにかく1000円で入場券を買って新幹線改札を抜け振り向いて妻を見ると、怪訝な顔でまだ券売機に対峙している。どうやら妻も同じ状況のようで不思議な顔をして改札を抜けて来た。


この意味不明な現象はひとまず置いといて、ひかり508号の到着ホームに走っていく。ひかり508号はすでに到着しており群衆の中、母さんを探す。
ホームに群がる人々の頭の向こうに毛皮のコートを着た母さんが立っていた。
携帯電話は持って来てはいるが、知らない土地で自分がどこに立って居るかわからないと思われる母さんとはぐれてしまうのは大変だったのですぐに見つけられてよかった。


母さんは、乃木坂のギャラリーで作品展示している妻の個展を観に遥々やって来てくれた。大手町から千代田線で乃木坂に向かうことを予定していた。
【東京都区内まで】と書かれた乗車券をおれに見せて「これで乃木坂まで行ける?」と訊いてきたので、「いや、地下鉄で行くからその乗車券はここまでだわ」というも「でも東京都区内までって書いてあるじゃん」と言われる。もったいないってことか、と察して原宿まで山手線に乗ることにする。


車内で「これ何十年も前に父さんに『これ着ろ』って貰ったやつ」と、はにかみながら着ている毛皮のコートをさすった。
男に混じってヨイトマケの世界で生きて来た母さんが持っているとは思われなかったミンクの毛皮のコートで、着ている姿など見たことがなかった。母さんと亡くなった父さんの関係を今この年で聞き想像するといいなあと思う。
原宿で千代田線にそのまま乗り換えてもいいが、物足りないと感じ思いつきで「時間あるし明治神宮に行ってみる?」と訊くと「うん」というので向かった。


東京に18年住んでいて明治神宮には一度だけ参拝した記憶がある。いつ誰と行ったのかは全く思い出せない。妻もほとんど同じような記憶で来たことがあるのかないのかすらわからないという。
風邪が流行っているので電車などの移動は常にマスクをしているが、第一の鳥居を潜ってからマスクを外し、大きな木々に囲まれた神域の空気を肺に送り込みながら参道を歩いた。
この明治神宮の森が何百年の歳月を重ねて森自身が再生を繰り返しているという、どこかで聞きかじったような情報を母さんと妻にした。第二の大鳥居を見てはこれ一木かねえとか、全国の奉納酒樽を見ては蓬莱泉はないかねえとかおしゃべりしながら進むと社殿が見えてきた。
赤銅色の銅板ぶきの屋根は赤く光放ち、色数少なくとても洗練されたデザインの社殿は研ぎ澄まされた美しさがある。この洗練された美しさはやはり日本の美しさだなと感じる。本殿を取り囲む門と塀の屋根も同じ銅板で、現在ふき直している箇所の正反対は色が黒ずんでいるので、ぐるぐる回って修復し続けているのではないかと想像した。
駅に戻る表参道の橋で托鉢僧が若者に話しかけられ場所を少し移動しお経を唱え始めた。
母さんが「あの人本物かねえ」というので「素人がああやってお金を恵んでもらってるの?」と聞き返すと「そうかもしれんに」と悪そうな笑顔をした。
千代田線で明治神宮から二駅の乃木坂で降車する。


昼前の蕎麦屋に入り、俺と妻は舞茸天ぶっかけ、母さんは店員さんの「女性には、なすあんかけそばが好まれています」に応えてオススメを注文した。
俺と妻の注文したものが先に届き、先に食べ始め半分以上食べても母さんの「なすあんかけそば」がこないので、「だいぶ丁寧に作ってるね」とからかうと「知らんけど」と厨房の方を見ている。
やってきた「なすあんかけそば」はおれの想像していたものと違っていた。おそらくは母さんにとっても。なすにだけあんかけがかかったかけそばを想像していたが、そばとなす全体にあんがかけてある、あんかけ焼そばのような体だった。店員さんは間違っていない。都会の女性には好まれること間違いない。しかしおっ母にはどうかなあ。
妻の前だったからかもしれないが、母さんは文句を言わず食べ終えた。


13時の開廊時間まで30分時間が空いたので、すぐ近くにある乃木邸と乃木神社に参拝する。乃木邸の庭の一角に自刃した時の血のついたものを埋葬した場所があり、3人その前で立ちすくむ。そこを下に降り公衆トイレのあるあたりの階段が入り組んだ感じが複雑で面白い。
トイレに寄って出て来た母さんは「変わったトイレだったに」と便器の説明をしてくれたのだが、立ち去る前にその変わった便器を確認するのをつい忘れていた。


白梅が咲いている。乃木神社も洗練された社殿で御簾には蝶がデザインされていた。明治神宮、乃木神社と今日みた社殿の感想を妻に話すと妻はそこに現人神特有のものを感じたという。なるほどとも思えた。
宝物館では乃木将軍の遺物が公開されていた。日清日露の陸軍総大将、現在は軍神として崇められているというくらいの乏しい知識しか持っていなかったので、歴史がやたら好きな母さんに知識を分けてもらう。
おれがお守りなどを見ている間、妻は絵馬掛けに掛けてある絵馬を見ていたと言って書かれていた願掛けの言葉を教えてくれた。

「乃木坂46の○○ちゃんが活躍しますように」
「乃木坂○○のイベントに当選しますように」
「乃木坂で○○さん(アイドルの名前)に会えますように」

明治天皇崩御に際し自刃殉死された乃木将軍はこの国の行く末を憂え嘆いているだろう。

ここに限らず至る所『聖地』などといいオタクの観光地にしたて、歴史や地霊を侮ると本当にこの国の精神性は終わるだろう。


13時、妻の個展を観に行く。画廊オーナーのTさんにご挨拶し、母さんは持参したお土産を差し上げていた。
一点一点じっくり母さんは観ていた。妻から作品の説明を受けて、ふんふんとかへえ〜とか感嘆していたが、やはりというか途中から「まさよしも行く末をよく考えて頑張ってください」と矛先がおれに終始していく。おれはちいさくなって出していただいた紅茶をすすった。
妻は画廊に残り、おれと母さんはご無礼して国立新美術館へ向かった。
美術館では今日から「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」が開催されている。


都内至る所の駅構内で同展覧会のポスターを見かけていたのだが、そのキャッチコピーが「絵画史上 最強の美少女(センター)」とルノワールの女の子の絵と共に煽っている。
戦慄が走るようなおぞましいルビだが、間違いではないこのママである。センターとはもちろん女の子アイドルグループのセンターのことをさすだろう。
神経を疑うようなキャッチコピーとは別に、おれは密かに母さんが展示されている絵にツンツン触ることを期待していた。
なんというかおすましした都会に獣を解き放ちたい気持ちとでもいうか、母さんの無自覚の反逆精神を見せつけてやりたいというか。
まあとにかく、眠れる獅子を引き連れて(毛皮のコートを着ていたのでまさに)近代西洋美術の巨匠中の巨匠の絵の並ぶ展示室に足を踏み入れた。


展示室の全ての作品の前には柵が設けられており、はやくもおれの淡い期待は破れた。
フランスハルス、クールベ、ドガ、ロートレック、マネ、モネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ピカソ…。すべてが名の知れた近代西洋画の巨星たち。
母さんのペースに合わせて、おれのつたない知識の補足説明しながら一緒に観ていく。個人のコレクションのためか知らない絵が多く発見があって楽しめる。
近代西洋画の流れが展示構成でよくわかり何と言ってもセザンヌの存在がひときわ目立って感じられる。絵画としての絵画が生まれたビックバンとしか言いようがない。
どこから誰からセザンヌに繋がっていくのかおれは不勉強で知らないが、セザンヌ以上に絵画の歴史を変えた絵描きはいないのではないか。
モネの睡蓮を最後に展示室は終わる。
「はい終わりかん。もう一回戻るかん」というので戻って付いていくと「まあ出るかん」と言ってやっぱり展覧会場を後にした。


乃木坂から千代田線に乗り二重橋前で降りる。
母さんの帰る新幹線の時間まで1時間半あるので見たいという皇居へ寄る。
「おっかさん、あれが二重橋だよ」と何かのセリフを言ったがおれにはわからなかった。
亡くなったお祖母さんが「皇居はすごいところだったに」と言っていたと母さんはいった。お祖母さんは皇居の掃除をさせていただいた時があったらしく、天皇陛下と皇后陛下に「ご苦労様です」と声をかけられて大変恐縮したということを母さんはお祖母さんの物真似をして言った。二重橋前駅からだだっ広い道をてくてく歩きながらそのことを教えてくれた。
二重橋前にいるのは中国人、韓国人観光客だらけだった。日本人は警備兵と警察官、そしてお堀を走るランナーだけだったのではないか。
それもどういうことなのかなあと俺は考えていた。


「母さん写真撮るよ」と言って二重橋を背景に俺は持って来た二眼レフカメラを構えた。
四角いファインダーの中で体の前で手を重ね体を少し斜にした母さんが見えた。ファインダーに自撮り棒を持った外国人観光客がフレームインすると、それを避けるようにスススと母さんが動いている。それが妙に可愛らしく思えた。
行幸通りを東京駅に向かい東京駅の駅舎の前でも写真を撮った。


東京駅構内でうちにお土産を買っていくといい東京バナナを2箱買っていた。
本日2度目の入場券を購入する。普通に140円で入場券が購入できた。
今朝と購入手続きが同じなだけに余計わけがわからなかった。
待合のベンチで新幹線の時間を待ちながら母さんは「なんとか芽が出るよう身体に気を付けて頑張りん」と何度も何度も言った。

ひかりの自由席に座るために15分前にはホームに並び、入構してきた新幹線に俺も一緒に乗りこんで発車5分前の車内でもう少し話をする。
1分前になり車内からホームに出る。
窓越しで、ふたり視線を外した先の焦点が合っている。
発車ベルの鳴る中、母さんに向かって「ありがとう」と言った。
聞き取れなかったようで「は?」という顔をしたがもう一度いうとわかったわかったと頷いた。
また視線を外したが、眼の端では母さんがじっと見ていると気付いていた。

動き出した新幹線の窓の中の母さんに手を振り見送った。



去っていったホーム、意味もなく一番端の乗り換え階段口まで歩きながら考え事をした。
「いつまでたっても一人前にならないダメな俺だな」と家路に帰る電車で責め続けていた。
生きてるうちにいい目を見せてあげたい。いつの頃からか作品制作の原動力がそのことになっている。












# by koyamamasayoshi | 2018-02-14 23:44 | 日記

東京物語

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小津安二郎「東京物語」。遠方の知人を東京案内するときにこの映画を思い出しもやもやとする。行くところと見たいものにズレがあったり、何処も人混みばかりでくたびれ散々な目に合わせてしまっているのではと心配してしまう。
奥能登のWさんが連休にやって来た。
東京で行きたいところがあるが、怖いので案内して欲しいと頼まれていたし、お祭りで吞み潰れ吐瀉塗れの俺を介抱してくれたのがWさんなので出来るだけの案内をしようと思った。


航空機が到着する40分前に羽田空港第2ビルに着いたので展望デッキに出て離発着する飛行機を眺めて待つ。整備員が離れていく機内の旅人に手を振って送り出している。誰かが誰かを送り出す場面は陸海空いづれもいいものだ。能登からの飛行機は15分おくれで到着した。
期待と不安が混じったような笑顔でWさんがやって来た。
見たいところを事前に訊いていたのでその数カ所と、あとは行き当たりばったりで見てみたいところに行くことにした。


さっそく行きたいところの1番目の、立川で開催されるプロバスケの試合を観に行く。おれはWさんと行かなければおそらく一生涯観なかったかもしれない。モノレール改札発券所で限定発売されているsuicaを買って差し上げた。「職場の人が買った方がいいと言っていたやつです」とWさんはにっこり笑った。
東京モノレールに乗り、浜松町で山手線乗り換え、神田で中央線に乗り換え、立川まで車窓を案内しながらドコドコ揺られていく。ラッシュにあたらなかったのでゆったり都心から武蔵野の郊外にうつり変わっていく車窓を一緒に眺めた。
旅行中に三鷹のジブリ美術館にも行ってみたいと言っていたので立川に着いたらローソンを探して、店内のチケット購入端末で予約しようと決めた。立川に着き北口のローソンで手続きしてみたら、滞在中のチケットがすでに完売されていて残念な気持にさせてしまった。下調べしてあらかじめ購入しておけばよかった。


多摩モノレールに乗り2駅先の立飛で降りる。アリーナ立川立飛の入口前には幟がたち、チアリーダーの女性たちが出迎えていた。チアリーダーの肉付きのよい生尻をみてWさんの目線とは違うところで楽しめそうだと感じた。
移動販売の車でビールと焼きそばを買い、試合開始2時間前に観覧席の場所を確保する。前座イベントがいくつか行われた。チアリーダー達のガールズトーク、元プロバスケ選手によるバスケ教室、中高生のダンス、フリースロー対決など。その合間にグッズ販売を見に行き、「ひとりで着るのは恥ずかしいので一緒に着ませんか」とWさんにチームTシャツを買っていただいた。


17時頃ようやく試合が始まる。暗転し赤い光の中選手が登場し会場がドオと沸き上った。2500人ほどの観客の中、試合はホームチームがおされる展開だった。Wさんの隣はひどくやかましい観客で、選手の名前や、試合展開のことをひとり絶え間なく喚き散らしていた。真隣りのもの静かなWさんは辟易しているようだった。
プロの選手のプレーは楽しめたが、それ以上にタイムブレイクごとにフロアに飛び出してきて全力で飛び跳ねるチアリーダーの虜になった。それは戦場に降り立ち、武力兵力を無力化する天女の舞のようで、試合のヒートアップした殺伐を救っているように思われた。
その日結局ホームチームは大差で負けた。


帰りの立飛駅のホームは花火大会の帰りのような混雑だった。Wさんの宿泊先の池袋に電車を乗り継ぎ向かい、チェックインを済ませたあと夕食の店を探した。事前に調べていた居酒屋Bはその日貸し切りらしく諦め、目に入ったお好み焼きもんじゃ焼きの店に入る。お互いもんじゃ焼きの焼きかたがわからず、正解か不正解かわからない曖昧なもんじゃを食べた。
表に出ると雨が降り出していた。23時半頃家路に着いた。


翌日10時に池袋駅で待ち合わせていたが、上着のポケットやバッグを弄っても携帯電話が見当たらなくWさんと連絡を取る手段がなってしまった。同行した妻の携帯を借りてWさんの泊まっているホテルに電話して、妻の携帯番号をWさんに伝えてもらおうと思っているところ駅前の喫煙所前にWさんの姿をみとめた。一先ず行き会えて良かった。俺の携帯は家のコンセントに繋がったままだとお義母さんからすぐに連絡があった。


丸ノ内線に乗車し、3時まで呑んでいたというWさんに今日の旅程を伝える。まず行きたいところの2番目のスカイツリーに向かう。おれも妻も登ったことがなくこういう機会がなければ登らなかったかもしれない。しかし当日券を購入するのにどれくらい並ぶのか読めず行ってみなければわからなかった。しかも休日。一時間くらいは並ぶことを想定していた。
やはり羊の腸のような長蛇、腸だの列。糞詰まりのおれたちは50分の小腸大腸の旅を終えると、エレベーターで一分も掛からず一気に350m上空の展望フロアに降り立った。


長い待ち時間だったが天空の景色を目の当たりにした瞬間、来てよかったとすぐに思えた。小さな玩具のような建物を引きで眺めてみると東京の風景も悪くないなと思った。エンジニアのWさんは「基盤のようですね」と興奮気味に言った。
塔の足下を覗き込むと目の焦点がおかしくなりすぐ眩暈がしてしまった。あいにく曇り空で富士山までは望めなかった。


スカイツリータウンでWさんは在所の方々にお土産を買い求めていた。携帯電話のない俺はとにかくはぐれないようにしないといけない。妻は向いの店でキティちゃんが奇怪に動く人形を見てヒーヒー笑っている。どれどれと思いみると、振り袖をきたキティが身体を左右に振りながら何かしゃべりながらとことこ走っている。同じ体格のマイメロディと対面でぶつかりお互い何かしゃべりながら押し合いしている。よほど気に入ったようでWさんの姪御さんにとプレゼントしていた。


次に行く場所に向かうための方法にスカイポップバスという移動方法を考えていた。それは都心でよく見かけていた二階建てのバスでお台場、スカイツリー、浅草、丸の内、六本木と乗り降り自由に巡れるのだ。
スカイツリー近くのチケット販売所に寄り、時刻表などを確認すると、乗れることは乗れるが、今からでは時間のロスが多く、午後行きたい場所に響いてくるので取り止め、都営バスに切り替え浅草に向かう。


今日はアテンダントがもうひとりいるので昼食や夕食を決めるのに大変助けられた。浅草の神谷バーで遅めの昼食をとった。食前酒にWさんはデンキブラン、おれはハチブドー酒、妻はハチブドーパンチを頼んだ。食事をしながら、昨年の能登滞在中の話などをしてゆっくり過ごした。


浅草から銀座線に乗り終点の渋谷まで3人とも眠りこけた。
前を歩く俺には見えなかったが、渋谷の街をWさんにはどう映ったのか。
行きたいところの3番目の楽器店へ行く。Wさんの表情が目に見えて明るくなり、興奮気味に店員さんとお話ししている。おれと妻が張り付いていると気を遣うと思い、「タワーレコードで待っているので気の済むまでゆっくりして下さい」と告げた。Wさんは本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
妻も妻でクラシックにハマっているので喜び勇んでクラシックフロアへ向かう。携帯のない俺はクラシックフロアをうろうろ、暇つぶしに視聴、ベンチに座るをくり返しはぐれないようにした。


16時頃、行きたいところの4番目青山学院大学へ向かう。プロバスケチームのホームグランドらしくただその体育館をみてみたいとWさんはいう。暮れなずむ校門前には入試期間中の看板文字。門扉が半分空いていおり、そこに警備員がいたので話をしようと近付いただけで手を横に広げ制止するような格好をして入ることを拒まれた。
青山の気取ったカフェに入り、一日歩いた足を休める。
「この辺りは外車ばかり走ってますね」とWさんがいうので、「ガタツイタ白い軽トラが走っていた方がこういう場所では格好いいと思いますよ」と答えると「そうですか」と笑った。
別に良い家良い車を持つことが格好いいと思わない俺と妻の捻くれた毒突きが、もしかしたらWさんの夢とか希望を薄くしてしまうかもしれないと途端に思い、そういう話はやめた。


行きたい場所の5番目表参道を歩いた。こころの綺麗な純真なWさんは「こんなに少ない品数で大丈夫なんですか」と高級ブランド店の心配している。
しかし何かわからないですが渋谷や池袋とは違う雰囲気ですねと言った。
「それは余裕ですよ」と答えると「そうですね」と言った。


明治神宮駅で副都心線に乗り池袋へ行く。西口公園の傍の居酒屋Fに行く。横柄な外国人女店員のいるいかにも東京の大衆酒場という雰囲気だ。マッコリで乾杯して次々に料理を頼んだ。
話の中でWさんが小さい頃天皇陛下が能登に行幸された時に、暑い季節の広いアスファルトの上で蟹の踊りをしたという。他の学校の子供は鰤や蛸などの格好で踊り竜宮城をお見せしてお迎えしたという。そのはなしがおれはおもしろく頭の中でその情景が思い浮かんだ。
店を出て帰る頃にWさんは飲み過ぎたのか、苦しくなったと言ってタクシーでホテルまで帰っていった。帰りの電車で妻は「気を張っていたのかもしれないね」と言った。


翌帰る日の11時に昨日会った喫煙所前で待ち合わせをした。昨日は飲み過ぎたのか、何か食べ合わせが良くなかったかもしれないとWさんは言った。
朝食を食べていないというので駅構内のうどん屋に入る。食べながらWさんは、さっき横断歩道で信号が青になるのを待っていたがどこに信号があるかわからず渡り始めたらタクシーに轢かれそうになったと言って「まだドキドキしてます」と胸をさすっていた。


能登行の航空機が飛ぶまで逆算すると1時間半くらい時間がありそうなので池袋から浜松町までの間で行きたいところを訊いた。大塚、巣鴨、、、、、、と順々に駅名を言っていくと新橋に降りてみたいとWさんが言った。新橋で降りると汽車のある広場に行きWさんのスマホで撮影を引き受けた。
浜松町で東京モノレールに乗り羽田空港第二ビルで降り運航状況を確認する。14:55発だが、着陸出来るかどうかが14:10にわかるという案内が電子板に表示されている。
食事をしながら休憩出来る場所を探すが連休の最終日の空港の飲食店はどこも並んでおり、店に入ることを諦め、売店で空弁を買い展望デッキで離発着する飛行機をみながら食べることにする。
14:10になり電光掲示板をみに行くがまだ情報が流れて来ない。航空会社の人に訊いても情報がアナウンスされるまでお待ちくださいといわれたようだ。能登空港の状況次第で羽田空港に引き返す可能性もある。30分になっても状況がかわらず、そのまま搭乗手続き5分前という文字が電光掲示板に流れて来た。急いで搭乗口に向い慌ただしい別れになってしまった。


モノレールで浜松町に引き返している途中で無事搭乗出来たというメールが届きひとまず安心した。そして家に帰り着く頃に能登空港に着いたと言うメールが届き、夕食の頃に家に着きましたという電話をいただき、むこうの電話口がWさんの親父さんに代わりお礼の言葉をいただいた。


羽田空港の展望デッキで空弁を食べながら、「楽しめました?」と訊くと「はい」と綺麗な笑顔で返していただいたのでなんとか自分なりに東京案内を務められた気がした。


毎日どこかでひとりひとりの東京物語があるんだろうなあと、帰りの電車に揺られながらおもった。











# by koyamamasayoshi | 2018-02-12 20:18 | 日記

木製の人魚

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国立の古書店で数冊詩集を買った内の、大手拓次詩集を能登へ行く旅行鞄に入れていた。
波が激しく打ち寄せる小さな港の宿、布団の上で寝っ転がりページをめくってみると「木製の人魚」という詩が載っていた。

その詩はあたかも昨秋、奥能登で制作した人魚の作品を、大正時代の詩人の眼が時空を超えて見ていたようでどきりとした。一時のバグで過去現在未来がこんがらがり視点が接触することだってあるかもしれない。
この詩人のみたものを想像するとそれはやはり波打ち際に漂着し、フナムシの喰い穴とフジツボに蝕まれ、海藻にたわむれ絡まった木製の人魚像が思い浮かぶのだ。


木製の人魚


こゑはとほくをまねき、
しづかにべにの鳩をうなづかせ、
よれよれてのぼる火縄の秋をうつろにする。

こゑはさびしくぬけて、
うつろを見はり、
ながれる身のうへににほいをうつす。

くちびるはあをくもえて、
うみのまくらにねむり、
むらがりしづむ藻草のかげに眼をよせる。





# by koyamamasayoshi | 2018-02-12 20:17 | 日記

能登曇天色



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昨年の正月に、荒れた日本海と雪そぼ降る静かな冬籠りの奥能登をひとり旅をした。その後芸術祭の滞在制作と作品撤収を越えて春夏秋冬のいろいろな表情を垣間見て奥能登を堪能した。
奥能登珠洲の印象を在所の方やインタビューで訊かれる時に、冬の印象が最も強烈だと話した。色はグレーの景色だ。そう答えた時の反応はいずれも同じで「なんで?」という微妙な顔をされる。秋の祭りが最も華やかなところで冬なんて良いところを探す方が難しいというような反応だ。当然そこに住み続けている人からすれば、わざわざ冬の荒れた日本海を見に来ましたなんていえばどうかしているとしか思わないだろう。しかし秋の祭りの強烈な原動力はこの冬籠りの重くのしかかってなかなか剥がれないグレーの空と無慈悲に打ち寄せる轟々とうねる日本海にあると思う。
おれは夏頃から作品制作を手伝ってくれた妻にその風景を見せてあげたいと思っていた。



2/3 晴時々雨雪

朝9時金沢駅西口で車を借りて昨年正月に始めて来た時の旅程で奥能登へ向かった。数日前からカーステレオでかける曲を選んでいた妻はさっそく北陸能登に似合うクラシック音楽をかけ始めた。
気多大社へお礼参りに初詣する。大陸から流れ着いた種が大きなご神木に育ったダブの木が社殿脇に在り能登は古代からいろんなものが流れ着いたのだと想像出来る。


気多大社から北上し福浦漁港へむかう途中にある魅力的なドライヴインのことを気にしていた。喫茶店ピノキオを過ぎたらすぐにそのドライヴインに再会する。正確な名前は「オートレストラン&ゲーム 来人(らいと)」だった。
外観をひとしきり撮影し入店すると堪らない情景が広がっていた。だれもいない店内にスロットマシーンと麻雀ゲームの筺体が数台(おそらく脱衣麻雀)が細長い店内の両壁際に並び、入り口と中央にぬいぐるみを捕まえるクレーンゲーム機が在る。入り口から一番遠い店内角にベルベットのソファーとテーブルがありテーブルの上には日付は見なかったがスポーツ紙が無造作に置かれている。ゲームコーナーの反対側には同じくらいの広さのカラオケスナックがあるようだが扉が閉ざされていて顔を近づけて覗き込むと赤いカーテン越しの光に満たされた空間が見えた。
車に戻り立ち去る頃に店員らしき女性がやって来て来人に入っていった。その女性もこの来人に似合いの人だった。道々には妻の好みの屋根の傾斜の強い山小屋風の建物があらわれ、何度も車を停めて写真撮影をした。


志賀原発の先に福浦漁港という古い家々が港を囲うような雰囲気のいい小さな漁港がありそこに立ち寄る。北前船が盛んであった当時は風待ち港として大変賑やかだったようで腰巻き地蔵という俗信が流行ったところである。福浦旧灯台にカーナビを合わせて行くが、昨年もそうだったが目的地に着いても見当たらない。ちょうど海苔を干す作業をしていたご夫婦に灯台の場所を訊くことが出来た。漁協の建物の脇の坂を登ってしばらく行った先に木造の旧灯台が見えて来る。近代的な灯台に比べて心もとない旧灯台は役目を終えて今はただ海を眺めるのみだ。


ここからどう珠洲に行くか。昨年はここから能登島方面に抜けてギザギザの海沿いの内浦の道を左回りに珠洲へ向かった。それとも輪島方面に外浦を右回りに行くか。妻に訊くと外浦が見たいと言うのでそうした。
まもなく正午近く巌門の食堂で昼食にする。二人とも注文した巌門ラーメンは伸びきっていた。
能登金剛センターの土産売店の先は、能登金剛遊歩道洞窟巡りに降りて行く階段になっている。防寒帽ネックウォーマーで顔面を固めて怒濤の波の傍まで降りる。波で穿かれた巌の間から白波が近くまでやって来る。水平に平たく穿かれた洞窟の先に胎内巡りのような上に伸びる洞窟が続く。洞窟を出た先のお土産屋で能登金剛とプリントされた古臭いペナントを買った。


松本清張「ゼロの焦点」の舞台のヤセの断崖が少し先をゆくとある。強風吹きすさぶさびしい断崖には誰もいない。寒さに耐えきれず見たという任務を終えたのですぐに車にもどる。そこからしばらく海沿いの道から離れて少し内陸がわに車を走らせ輪島に向かう。そこから少し海沿いを西にもどり大尖岩に立ち寄る。ここは好きなところで日本海の大きなうねりの荒海を眼下に感じられる。


珠洲への道に戻り千枚田のポケットパークに立ち寄ってから、珠洲市内に入り、日が暮れ始めるころに長橋のゲストハウスにチェックインする。昨年始めて来た時にここへ泊まり、夜ネコが寝床にやって来て一緒に寝たことが忘れられなかった。玄関脇のねこちぐらの傍でダンボールに入って遊んでいるシロクロ猫が居た。こっちを見てひとつ啼いた。女将さんが「これは部屋に行くかも知れませんよ」と言った。
俺たちは願っても無いことだった。


夕食は町へ出て外食しようと思って峠道を走っているところ、地元製材所のSさんから電話が入り「うちで夜食べればいいじゃないですか」とお誘いを受けたのでお言葉に甘えることにする。手土産を宿に置いて来ているので、手ぶらで向かうが仕方ない。
Sさん宅へむかう途中の雪で真白の田んぼにハクチョウが群れなして飛んでいる。ふるさと音百選にありそうな「コーコー」という鳴き声をさせて広大な雪田の上を飛行している。
Sさん宅に上がらせていただき、Sさん、親父さん、お母さんと3ヶ月ぶりに再会する。芸術祭撤収の2週間Sさん宅に居候させていただいていたので我が家に帰って来たような安堵感懐かしさを覚えた。突然の訪問にもかかわらず蟹とタラの粗汁とお餅をご馳走させていただいた。Sさんたちは夕食前のようなので、長居しては悪いと思いひとしきりお話ししたところでご無礼した。


宿に戻ると一階の広間では宴会をされていた。俺は2階の客室で、昨年の芸術祭オープニングのイベントの映像を編集しDVDにする作業を進めなければならない。そのDVDを関係者の方にお渡しすることを今回の旅の目的の一つにしていた。昨夜金沢のビジネスホテルでも進めていたが見落としのクリップデータが見つかり、一からやり直さなければならない。その他にもいろいろと仕事を持ち込んで来ているのでゆったり開放した気持には完全にはなれない。
夜遅くまで宴会は続き賑やかな声が下から聞こえていた。日付が変わるころ、ひとり懐中電灯を持って、にゃんこを探しに行くが宿のどこにも見当たらなかった。今日は部屋にやって来ないかもしれない。3時ころまで部屋で作業を進めた。


2/4 雪
10時起床、宿の朝食後垂水に滝へ行く。波は高いが波の花は立っていない。薄緑色した石がいくつも転がっており、妻は、「砕いたら良い色でるかなあ」と数個拾って持って帰るつもりらしい。
おれは波が引く時に海岸の石も引かれ一斉にゴロゴロゴロと立てる音を録音した。
狼煙方面へ車を走らせる。大谷、赤岩を越えると馬牒の高いうねりのある波が集落に向かって押し寄せている。にわかに山から雪が吹き下ろしてきて波のピークの白い部分が押し戻され吹き上がっている。この波を妻に見せたかったのだ。車から降りて吹雪く中カメラをむけると先ほどまで見せていた姿を隠してしまった。なぜかこの旅の最後までこういったことが続いた。森達也氏の著書「オカルト」を思い出していた。精霊、心霊、超能力、などは見るものが意識してしまうとなぜか現れない。意識を向けないと自由気ままに踊りだす。やはり波の一つ一つ、はたまた沖で吹いている風も意識してカメラを向けると機嫌を損ねてしまうのだろうか。


狼煙に着き、昨夏散々立ち寄ったドライヴイン狼煙に入り昼食にする。店の女将は「まあ、大変な時に来たねえ」と呆れ顔と笑顔が混じりあった表情で迎え入れてくれた。店内右手の柔らかいソファーのある渋い好みのテーブル席は封鎖され干した海苔たちに独占されていた。食後禄剛崎灯台へ歩いてのぼり、雪の色と同化した美しい白い突起に向かってご苦労さまとこころで思う。山伏山を越え寺家に入り、須須神社にお礼参りの初詣をする。参道の雪は綺麗に取り除かれ清浄の神域に足を踏み入れたと容易に思わせる。参道途中に大木が根元から横倒しに折れ、折れた裂け目に雪が降り積もっていた。それでもなお力強い生き生きとした生命力を失っていなかった。


なお深々と降り積もる雪の中車を走らせ、芸術祭で作品展示した粟津の地へ着いた。
青年団団長のHさん宅を訪ね、お土産を渡し家に上がらせてもらった。こたつにあたりながら、最近開催されたサーフィン大会の話を聞いた。大会当日はいい波の条件ではなかったが、テントを出してユニットバスのような浴槽にお湯を張って参加者に浸かってもらったという。そして海岸に演歌を流しそれらのもてなしは参加者に好評だったという。昨秋の粟津の祭りの集合写真を渡したいと連絡を受けていたので受け取った。
すぐ隣のK自動車さんへ訪ねる。外のガラス扉から事務所内を覗くとストーブにあたりながら腕を組み居眠りしているKさんが見えた。ガラガラと扉を開け「お久しぶりです」と話しかけると点の表情になり、それが次第に点と点が結ばれたように「大変な時にきたねや」と表情を崩された。
寝ていた顔の筋肉をほぐしながら「おらあ夢かと思った」と改めて驚かれた。
それだけ誰も来ない冬なのかもしれない。
お茶を淹れていただきストーブにあたりながらお話しさせていただいた。慣れない雪道の運転はくれぐれも気をつけなと自動車整備所の社長の忠告を重く受け止めた。


ずっと恒久的に設置することは叶わないとは思いつつも、せめて雪に埋もれたあの船の姿を見てはみたかった。何もない雪だけがうず高く堆積した海岸に作品の姿を頭で重ね合わせ想像するしかなかった。その先の雪降る海の中では黒粒のように見えるウェットスーツを着たサーファーが数人、波と戯れていた。


鉢ヶ崎の元気の湯という銭湯へ行く。ここは昨年の滞在中何度か汗を流しに来ていた。現在タオル付きで700円で入れるが、少し前までは1400円だったらしく地元の人から敬遠され、700円になった今でもあまり混雑している状況を見たことがない。
だからこそゆったりお湯に浸かれる元気の湯は好きでたまに入りに来ていた。冷え切った体をいたわりのんびり湯に浸かりながら露天風呂のある中庭に降り続ける雪を眺めた。
今日は比較的地元の人も多く来ているようだ。風呂上がり体を拭きながら地元の老人たちの話に耳を傾ける。老人のひとりが別の老人に向かってあの若い衆はどうだと訊くと聞かれた老人は「35歳なんかと話し合うわけねえ。オラから云わせればザリガニみてえなもんだな」と名言がポロリと転がり出て、おれは頭を拭くタオルの中で笑ってしまった。


16時半、Tチャン宅に夕食のご招待を受けお家に上がらせてもらった。お宅に上がるとTチャンの子供の男の子がまん丸の目でなんかナマハゲみたいなのが来たと驚いている。そこを俺が握手をしたものだから泣き出してしまった。上のお嬢ちゃんはテーブルの下に潜り込み、椅子に座る俺を見上げ照れている。パグ犬のグウは人としての自覚があるようですぐにすり寄って来て俺の靴下を嗅いだり抱き上げると艶やかな真っ黒な目で見つめている。どうやら同じ獣臭を感じ取り仲間と認識したのかもしれない。お土産と今朝編集の終わったDVDをTチャンに差し上げた。奥さんの作っていただいたお料理を食べながら徐々に子供たちと打ち解けていく。
センセイと俺のことをTチャンは呼ぶ。作品制作を手伝っていただく当初、俺にセンセイは荷が重くやめてほしいと言ったが、Tチャンはそう呼びたいと固辞した。滞在制作の日々が流れていくとそれは気にならなくなっていったが、何も知らない子供たちの前でセンセイと呼ばれるのは何か子供たちを騙しているようでいたたまれない気持ちになった。Tチャンのアトリエに行き新作の絵を見せていただいた。Tチャンの引く線が少し前に比べて形を伴った線に変わっていることに気づいた。絵を描くことに意欲的なTチャンに言葉を発する時は慎重に言葉を選ぶ。偉そうなことは言わないし言えない。ただ感じたことを感じたままに感想を述べることしかできない。
心ではこんな絵描きはなかなかいないんじゃないかと思う。漁に出て家族を養い、波の上に立ち、体と一直線で自然を感じ、不安定な絵の世界に自分の分身を賭すように描きだす。枠から常に飛び出し踊り遊ぶ姿は俺の方が学ぶべきセンセイだ。
お嬢ちゃんはダッコしてと俺の膝の上に乗って来た。犬のグウはゲージに入りいびきをかき始めた。妻は下の男の子と積み木か何かで遊んでいる。Tチャン、奥さん、子供達、犬のグウ。ゆったりした時がここには流れている
3時間ほど居させてもらいこの美しい家庭に不釣り合いな変なおじさんたちはご無礼した。


雪道の大谷峠を越えて宿へ戻る。部屋で深夜遅くまでDVDに差し込むライナーノーツを手書きで書いた。着ていたパーカーは抱きしめていたグウの匂いがいつまでも消えなかった。疲れはてウトウト寝ていると隣で寝ている妻が「来たの?」と小声で話しかけている。どうやら宿の猫のタマがやって来たようだ。薄目で見ると部屋の中を探索している。俺のスーツケースの中の覗き込んだり、持ち手を縛ったコンビニ袋を開けようとしている。とにかく眠かったのでまた眠りに入り込もうとしていると、丸まった体を寄せて添い寝する感覚が背中にした。妻はそのまま起きて観察して居たようでタマは俺の顔を覗き込んだり前足でツンツン体に触れていたと翌朝教えてくれたがその時には深い眠りに落ちていた。

つづく



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# by koyamamasayoshi | 2018-02-12 20:17 | 日記

牯嶺街少年殺人事件

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恵比寿の写真美術館に映画「牯嶺街少年殺人事件」を観にいく。上映時間4時間の大長編。
パンフレットを先に読んで登場人物などの事前情報を少し理解しておけばよかったが、途中からなんとなくだがわかり始める。
圧迫感の強い重苦しい内容だが、ドロドログチャグチャの陰々滅々ではなく、漂うのは乾いて冷たい気持ちのいい空気感。
高い評価をされる映画に違いなかった。
主人公の少年の眼差しは、中学生特有の大人や社会を見定め怖れるもののない挑発的な眼の鋭さと、諦念感漂う冷めきった虚しく悲しい穴のような眼を同時に持っている。
やじろべえのように不安定な上に立ち、周りの空気に翻弄されふらふらとかろうじてバランスを保ちつつも、狭小で逃げ場のない世界である少年期特有の内包されたエネルギーの圧縮は、握手をするような些細な仕草であっても相手や社会にとてつもない一撃を加える。
その回り道のない思考の直結は、大人や社会に翻弄される中で、自我がマグマのように沸き立ち続ける少年期に絶頂する特殊能力だろう。そしてこの特殊能力だけが、社会をぶち壊し突破し世の中を変える唯一の方法なのかもしれない。

自分の少年期をヒリヒリと思い出しつつ俺には出来なかった、突破していく主人公の少年の姿はひかり輝いて見えた。









# by koyamamasayoshi | 2018-01-28 20:09 | 日記

御嶽山


浅田次郎著「神坐す山の物語」を読む。著者が母がたの在所である武蔵國御嶽山の宿坊で幼い頃に体験した怪異や親類から寝物語に聞き伝えられた狐憑き払いの話などが収められている。妻のお義母さんに勧められお借りして読んだ。


一昨年、御嶽神社でお仕事をさせていただいた折に、宿坊の玄関脇にこの本が並んでいるのを見かけていたが手が伸びずにいた。昨日おとといと、深夜寝ながら読み進めていると、著者の幼い時の風景とは様変わりしたであろうが、大きな位置関係は変わっていないはずで、紙上に並ぶ言葉一つ一つを辿ると、まざまざと御嶽山の情景が思い浮かんだ。

この本の中でひときわ印象的な話は、キゼン坊の話だった。この一話を読み終えた時、体の奥底から込み上げてくるものを感じた。それは畏れ多くもこのキゼン坊に自分を重ねて読み進めていたことに気づいからだった。
「八百万の神々が満遍する地」と著者が語っているように、御嶽山には大きなものの気配が悠々息づいていると、いま改めて思う。

一昨年、職人さんから聞いたオコジョサマの話がある。それは自分が神社でお仕事をさせていただく前の話で、社殿修復の現場で職人数人で作業をしている時に、リスのような一匹の小動物が足場のタンカンを伝って降りてきたらしい。その小動物は物怖じもせず職人の一人に近づいて体をよじ登ってきたらしい。遠くでその様子を見ていた神職の方から「オコジョサマが降りてきたから、今日は仕事を止めてください」と忠告を受けたという。その話を興味津々で聞いていると「これがその時の写真」とスマホの画面を見せていただき、のぞくと、その職人さんの作業着の腕の所にダッコちゃん人形のようにシッカとしがみ付いたオコジョサマがいた。イタチなのかヤマネなのかわからないがとにかくオコジョサマは可愛らしい貌をしていた。
山仕事に従事しているものの間には今でも、オコジョサマが現れたら仕事をやめなければよくないことが起こるとされているというが、それを聞いた時は、東京の端にすごいところがあるのだと興奮した。

参道の仲見世で休憩している時に、ぜんざいを食べていた或るひとりの参拝客とお話しをした。その方は頻繁に御嶽神社に参拝している近在の人らしかった。
話の流れで、その方は持っていたタブレットをこちらに向けて見せてくれた。
そこには無数の白い球体のオーブが参道の道道などに映し出されていた写真がたくさん収められていた。中でも目を引いた写真が、末社摂社を正面で写した構図のまん真ん中にその社の扉に向かって緑色の球体が尾を引いて吸い込まれているような写真だった。御嶽山はよく霧に立ち込められ真っ白な闇になるので、白い球体は水蒸気、雨粒ではないかともいえてしまう。しかし緑色に発光した球体は私はかつて見たことがなかった。
その人は、こういう写真を此処では『普通に』撮れますよと言った。
「御嶽山は確かに神様がいますよ。その山の神社でお仕事されていることは、大変素晴らしいことですよ」と別れ際その参拝客は言った。職人さんの元で働く、未熟な自分でも「神様の仕事なのだ」と誇らしく思えた。

長く宿坊に泊めさせていただき、色々と興味の尽きぬ話を聞いたが、それらはもはや書けない。言葉を尽くして汎用させてしまえばそれの力が失くなっていくのではないかと感じてしまうからだ。それらの言葉は自分の中で熟成させて別の形に移し替えて残していくことが自分の仕事だと思うが、それがどういう形なのか未だわからない。







# by koyamamasayoshi | 2018-01-27 16:08 | 日記

オムニバス形式の夢

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ひとり廃墟にて「心霊展」を観ている。国内外の有名な作者の作品が出ているがいまいち自分が思う怖さとズレている。ひとが横たわったような起伏のあるシートが呼吸にあわせて脈動し蠢く作品が妙に恐ろしかった。廃墟を出ると知人のNさんがアメリカのコメディアンのような格好をしてパフォーマンスイベントをしていた。



ゲームセンターのような宝くじ売り場のようなところで、間違いなくハマるとされるゲームをしている。ゲームの内容はまったく思い出せない。弟がバカ当たりを決めたようで受付にいるおばちゃんと踊ってはじけている。


カーステレオでかける曲はこれだよなといって車に乗っている。



行商をしているのか何か売り物を背負って知らない土産屋に入り、そこのおばちゃんたちとお話をしている。頭を動かすことなく自分の視点が右側、後ろ側、左側、前側と次々切り替わる。視点が変わる一瞬後ろにいた人の顔がぐんにゃり歪んで見えた。
おばちゃんたちに「あんた、だれかに似てるねえ」としきりに言われる。「山にいる、ほらあの人」と知らない人の話をされる。



ラジコンカーに自分の作品と小型カメラを載せて、その映像視点が自分の目と直接繋がっている。ラジコンカーは坂を登っていく。登りきったところで誰かと鉢合わせになったようで「なんだい、こりゃあ」と驚かせてしまった。



自転車で歩道を走っている。





# by koyamamasayoshi | 2018-01-24 13:05 | 日記


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