微炎 飲酢多蠅


9月28日午後、眼鏡屋でレンズを付け替えてもらって新宿へ向かう。サザンテラス、数年前甲州街道を跨ぐ陸橋でひとりの男が焼身自殺した。新宿に降りるたびにその壮絶を行き交う乙女たちの背後に想像してしまう。

14時05分発、上州ゆめぐり号に乗込み中之条ビエンナーレ開催中の群馬県中之条へ向かう。17時中之条バイパスに降り立つ、すっかり秋の気配に薄着で来たことを後悔する。中之条駅で沢渡温泉行きバスに乗り菅田口で降りる。製材所に着くと主のコーセーさんが「何だ早かったねえ」と掃き掃除の手をとめて迎え入れてくれた。その夜御馳走をいただき23時頃寝る。


翌29日朝、寝ていた離れの外の気配に目が覚める。のそのそと表に出るとコーセーさんから胡桃を拾いに行こうと誘われる。車で数分のナワバリに行き、胡桃と栗を分担して拾い集める。胡桃を任され、目につく限りの胡桃を竹ざるいっぱいに拾った。製材所に戻り、胡桃をアスファルトの上にばらまき長靴の底でゴリゴリと皮部分を削ぎ落とす。出て来た実(種?)を水を張ったバケツの中に入れて板でワリワリと芋洗いにする。洗った実を日干しする。

7時半朝食をいただき、のんびりしているところにコーセーさんが「A金物屋へ行こう」という。このブログを見たようで新井金物屋と言うところを俺にわざわざA金物屋と言ってからかう。パック詰めしたクルミを2つ手みやげにして出掛けた。2人の若い店員さんは憶えていてくれたようで、うれしい。

9時半、軽トラを借りてひとり暮坂峠を越え六合村へむかう。生須から赤岩へぬける道はイガグリだらけで、栗の実をパッツンパッツン弾きながら突き進む。長英の湯前で中之条ビエンナーレ作家の石坂さんに偶然逢う。今回のビエンナーレでは野外に船の作品を出している。ハイエースバンの荷室から「あんたの影響でこんな模型をつくったよ」とバッタの模型を取り出して見せてくれた。次に我孫子の展示が控えているようだ。

一昨年のビエンナーレで滞在制作と作品展示した廃民宿の十二みますへ行く。家主のおばあちゃん家へ行くと白黒の野良猫が振り返りつつ先導している。逢うと「もう長いことねえ」「うまいもんなんてなんもねえ」と謙遜しすぎることを言いながら、芋をふかした甘いヤツとキュウリとミョウガを出してくれおいしくいただいた。帰る際大量の山の恵みをもらい、握った手は柔らかかった。

そこから20分くらいの道を入山へ向けて車を走らせ古川さんの作品を観に行く。今回の作品は縄を綯う技術、むしろを編む技術、籠を組む技術、めんぱを削る技術など六合村に受け継がれる手業を総動員したような密度がある。しかしそこにくどさは無くさっぱりした空気に満ちている。

山の目と対面する作品は縄を綯った直径2mくらいの円形の上に寝そべり、その上空1m50くらいの高さに枝や蔓を組み合わせて山の瞳とするものがあり、その眼と対峙する。俺は山の眼は横に付いてるものとばかり思い込んでいたから、山の目線が空から降り注ぐ感覚は新鮮だった。その作品の上で20分くらい寝入っただろうか。ぬける風が心地いい。

展示室の奥の座敷にはご神体があった。地元の人の提案で持ち込んだ物とのことでその姿は生々しいほどの大きな女性器の形をした木の根だった。俺はこれが最も気に入った。陰毛のようなふさふさした草の上に鎮座し、割れ目には食込んだふんどしのように注連縄が添えられている。海も山も女の神であり、ここにこれが存在する説得力。こういうものにふれるともはやアートなんてものはもうどうでもよくなっちゃう。というかなんとアートの小賢しいことよ。

古川さんと立ち話をしている横では、受付の地元のおばあちゃんが「今日はびえんの日だよ」と電話で話している。びえん、びえん、びえん。びえんの日かぁ。いいなぁ。

また暮坂峠を越えて町の方へ戻り、関口剥製に以前出した貂の剥製の進み具合を伺いに立寄る。午後は沢渡、四万、伊参エリアの作品を見てまわった。

夕食後にコーセーさんとクルミの果肉をほじりだす労働をした。1パック100gを20個生産。頭がぼーっとする。21時に寝た。


翌30日朝、カランカランという鐘を鳴らす音で目覚める。コーセーさんの起床ラッパならぬ起床ベルだった。

コーセーさん「死んでるかなと思って」俺「生きてますよ」

ひよっこ最終話。昨日貰った野菜を箱詰めする。軽トラを借りて名久田、伊勢町エリアの作品を観に行った。

11時半、コーセーさんと奥様のユキコさんと朝日座食堂へ行く。朝から洟(ハナ)がとまらない。どうも風邪ひいたらしい。食後、隣設する旧廣盛酒造の中の作品を観る。そこに観に来ていた女子が暗がりの作品にむかって「映え~映えない~」と言って笑った。

一ヶ月前、お世話になった珠洲の製材所のSさんから「インスタ映え」という言葉をはじめて聞いた。

ん、「いんすたばえ」?いんすたはネット用語っぽいぞ?その後ろのばえの響きが気にかかる。バェ~ボェ~と動物の鳴き声のようだし、「○○蠅」と新種の蠅みたいだ。そんなことを思いながら、さも知ってる風に聞き流していた。どうもフォトジェニックと同意語らしいことが後々分かる。

ああ、この蠅とは対極に居る生涯なんだろうなあ。まあ。別にどうだっていいんだけど。


13時26分特急草津号の中、風邪らしきだるさでぐったり寝た。

「ビエンナーレに来て、鼻炎成~れかぁ」ぼーっとした頭でくそつまらんオヤジギャグを思いつく。



                
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中之条ビエンナーレ2017。今回海外からの参加アーティストが半数近く占めているようで、新鮮な感覚にふれたような気がするが、映像作品が大半で、ブツとして、モノとしての強度に欠けているように感じた。でも良いと思った作品のほとんどが映像作品だった。気になった作品を書き留めておく。


マナル・ズアビManar Zuabi 「間」(沢渡 旧沢田小学校 イスラエル企画展)

白いワンピースを着た女性が足元に粘度の高い黒い塗料を垂らし、その上で縄跳びをし、その縄に付いた黒い塗料を前方の白い壁にする打ち付ける映像作品。単純なものってやっぱり強い。ダイレクトに突刺さってくる。


アヌソーン・タンヤッパリトAnusorn Tunyapalit 「重力の音」(四万 旧第三小学校 タイ/チェンマイ企画展)

階段下、天井近くに吊るされたスピーカーから数本の紐が垂れ鈴がスピーカーの振動でシャンシャン鳴っている。内一本の紐は黒い液体を張ったタライの中に垂れている。別の紐は熊の剥製の上に置かれた飯茶碗に括られている。よくわからないがいい。すぐ隣の教室で展示されていた同作家の作品は紙垂(しで)を変な装置でゆらゆら動かそうとしているもので、あまりうまくいってない様子。しかしこの素っ頓狂というか飄々というか無気力というか、それでいて真面目な感じがたまらなくいい。


飯沢康輔 「土と太陽の記録」(伊参 岩本キクジ家)

農家のおばあちゃんおじいちゃんの顔に刻み込まれた皺や笑顔をこの土地の起伏に富んだ風景、歴史として全紙以上の紙に丁寧に描写している。このキクジ家という展示場所の名前がつげ義春の「もっきり屋の少女」のチヨジみたいでかわいいなと思った。


渡辺俊介 「この音の聴こえないどこか遠くへ」(伊参 伊参スタジオ)

体育館に並べられた数台のオルガン。電動操作ですべてのオルガンの足踏みペダルをヘコヘコさせ続け、前方の書割りの森にむかって一定の音を奏で続ける。夕方5時の町内にスピーカーから流れる曲に呼応して制作したらしい。その気持ちがいい。


アルチュール・バーブ+イイヌマ・ヨウコArthur Barbe+Yoko IInuma 「Arbor-essence」(伊参 伊参集会所)

映像がいい。昆虫の接写。回転する公園の球形遊具(地球儀だっけ?)に白い布を巻いていく。おそらく繭をイメージしている。夜、静かに回転する遊具に遠く車のヘッドライトが差す。おばさんが気怠く遊具に乗り足で遊具を漕ぐ。音楽もいい。押し入れの下段にあるモニターの映像を観ないと、これがとても繊細な感覚の良い作品だと気付かない。


ティン・チャオン・ウェンTing Chaong Wen 「空中空間」(伊勢町 旧廣盛酒造)

半径の湾曲したボードが立っている。その内側に法螺貝が天井から吊るされている。イタチか狐の頭骨を3つ重ね透明のプラスチックボードで挟んでいる。棒状のものが黒い円のなかにある。大きな黒い水たまりの上に石礫を数珠のように繋げたものがあり、黒い水面にそれが映って見える。ボロボロの農業用シートに、白いワンピースの女性が水際で腹部にあてた棒切れに身体を預けたり抗ったりしているモノクロの映像が投影されている。単純なんだろうけど、よくわからない。このよくわからなさが心地いい作品だった。



by koyamamasayoshi | 2017-10-01 22:40 | 日記


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